ほぼ毎日、何か書いてみようと思い立つ【千字覚書 5/29】


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文章を書くのが好きだから物書きを目指した、というのがそもそもの前提である。
しかるに、文章を書かなければならぬという他者や自己からのプレッシャーが厳しい生活が続き、文章を書くという行為自体が少し嫌いになってしまいそうな自分に気付く。

時折何か書こうと思えば、自分の現状や世情への不平不満が中心となっている。思えば、あまり気持ちの良いことを書かなくなっている自分がいる。

心身共にバランスが崩れているこの頃である。

これから一年で最もバランスが崩れやすいシーズンへと突入する。すわなち暗い梅雨であり、酷暑である。崩れる前に、人生のペースメーカーとして、一日千字程度の短文を綴ろうかと思い立った。


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ブログ記事を書くのが億劫に感じられてきた理由は二つある。一つは、書き始めると2000字、3000字、4000字と次第に内容が膨らんでしまい、疲弊してしまうからである。

肝心の著書の執筆に使うべき体力をブログで消耗するわけにはいかないのである。

もう一つは、Jリーグ関係のことで考えた内容を、ブログ記事に放出してしまうと書籍の「ネタバレ」になってしまうという懸念があったからだ。書籍に書く内容は、どこでも喋っていないし、どこにも書いていない。

これは、熱心に読んでくれている方をがっかりさせてはいけないなという配慮なのであった。しかし、ため込みすぎて限界に達していることもあるし、一千字のブログ記事と、一万字の書籍用原稿では内容の密度も、印象も全く違ったことになるだろうから、そこは臆せず書いてしまえばいいような気がしてきた。

書きながら思考が進むこともあるだろうから、決して無駄な行為ではないだろう。と、前置き的なことを書いた時点で大体七百字程度である。

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この程度の分量であれば、サッカーのことを書いても差し支えはないだろうし、「ほぼ日」的に書いていれば、習慣的に読みに来てくれる人もいるかもしれない。じっくり推敲した文章ではなく、ザアーっと日常の中に流れていく「清流」のような文章を綴りたい。

後、言及するかは定かではないが。毎回何かしらの「飲料」を横に置いて綴るという縛りを設けたい。自分のためのリラックスタイムであることを印象づけるためである。ちなみに今日は「余市」というウィスキーを水割りにした。

文章は、なるだけ良い事柄を、良い言葉で綴りたい。
不平不満ばかり言っているようでは、人生もそういう形態に変化してしまうような気がしてきたからだ。金はなくとも心は豊かにいられるよう、言葉の力を使おう。

文章を書くのは楽しいことなのである。うん、そうだ。そうだった。

まとめ:心のバランスを整えるための文章を綴ってみよう。


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