サッカーはミスが9割 北健一郎
タイトルを見てムズムズしながらも購入しなかったのだが、旅先の書店で溜まらず購入。即読了。
どこかで見たことがあるようなタイトル……確か最初に出てきたのは「人は見た目が9割」で、「伝え方が9割」という本もあったはずだ。「9割」というのは非常に奥ゆかしい表現で、「非常に重要でほとんどの場合は当てはまるのだけど全部とは言えない」というニュアンスとなっている。
「サッカーはミスが9割」と言われると、確かにそうだよねという気がする。いくらしっかりオフェンスを組み立てても得点まで結びつくことは稀だ。手に比べて不器用な足を使ってボールを扱うスポーツなので、コントロールミスやキックミスが高い確率で発生する。広いピッチで人間が入り乱れているので判断ミスも起こりやすい。
ミスを責めたりとかするのは愚の骨頂で、ミスが起こることを前提として物事を組み立てていくべきだという趣旨の本かと思っていた。
また、帯に「ドルトムント、バイエルンはなぜ勝てるのか」と書いてあるので、海外サッカーの最新の戦術について紹介されたものかと思っていた。
ところが違っていた。
積極的に自分からミスをしよう、というような内容が書いてあった。つまり、ミスをネガティブなものと捉えるのではなく、自ら積極的にミスを起こすことで状況を打開していくという発想が紹介されている。
また、特にこの本で面白いと思ったのは、湘南ベルマーレとフウガすみだというフットサルチームの戦術が紹介されている点だ。構成を紹介したい。
第一章 「ミス」から解き明かす現代サッカー
一時代を築いたバルセロナの戦術から始まる。
バルサの戦術の基本はボールを保持すること(ポゼッション)と、万一失った場合には5秒間だけ全力でプレッシングをする「5秒ルール」だ。
一方、モウリーニョが率いていたレアル・マドリードの場合は、ボールは保持しない。自陣深くまで下がってブロックを形成する。そして、ボールを奪った時に、必殺のカウンターアタックを仕掛ける。これは、世界最強の矛であるクリスティアーノ・ロナウドの決定力があるからこそ成立する戦術だ。
このリーガ・エスパニョーラで覇権を争っているこの2チームの差は、ポゼッションかカウンターかというテーマ。ここまでは、これまでに多くの場所で語れられてきたように思う。これらについては、以下の本を読むと詳しく書いてある。
サッカーを見始めたばかりの頃に読んだ本で、サッカーとは何と面白いのかと感じ入る切っ掛けになった本だ。
さて、バルサとレアルが対照的な戦術を駆使して覇権を争っていたのは、今年の春まで。チャンピオンズリーグで、バルサはバイエルンに、レアルはドルトムントに敗北した。
ドルトムントが何をしていたのかというと「ボールも人も動くサッカー」なんだろうと思っていた。そして、バイエルンが何をしていたのかがぼくには全くわからなかった。とある人は「良さはわかりづらいけどオーソドックスな戦術」だと言っていたし、オシムは「レトロモダン」だと言っていた。レトロモダンというのは、古いことが逆に新しいというようなニュアンスだろうと思う。
しかし、この本を読んですっきりした。
ドルトムントは「ミス」を前提に試合を組み立てていたのだ。
「ミスは起こるものだから仕方がない」ではなく「敢えてミスを起こすことで状況を打開する」という革命的な戦術を使っていたらしい。「ミスを起こす」というよりは、「ミスになる可能性は高いが通れば決定的」というパスを恐れずに出すというほうが正解に近い。
万一ボールを失ってしまった場合、指導者の中には「ミスするな、バカヤロー」と叫ぶ人もいるかもしれない。しかし、ドルトムントの場合には「ミスにならないパスを選択するな!時間の無駄だ!!」と怒るようだ。
ドルトムントの戦術について、攻撃と守備に分けて理解しようとしても理解できるものではなく、攻撃と守備が移り変わる一瞬の隙間に強烈な輝きを放つのがドルトムントというチームらしい。そして、バイエルンはそのやり方を模倣していたという……そんな意見は初めて見た。
先のチャンピオンズリーグの決勝は、ミスしようが何だろうが、相手のゴールに押し寄せていく勇敢なチーム同士の決戦だったのだろうか。もう一度見てみようかしら(録画あったよな……)。
ドルトムントが具体的にどうしているかについては、「サッカーはミスが9割」を読んで頂きたい。1章だけでも十分納得できるボリュームになっている。
とはいえ、海外サッカーに興味がない人としては、これだけでは満足できないかもしれない。ぼくもそうだ。今ぼくが興味があるのはJクラブなのだ。だから、この調子が続いていたら書評を書こうと思わなかっただろう。
この本の真骨頂はここからだ。
第二章「日本のドルトムント」のサッカー哲学
2章は、湘南ベルマーレについての記述だった。湘南は昨年J1に昇格し、1年でJ2に帰って行ったチームだ。J1で戦ったくらいなので強いチームであることは間違いないが、今まで出てきたチームとは大きな落差があるのは事実だ。ドルトムント、バイエルン、バルセロナ、レアル、チェルシーの後に、湘南ベルマーレ。
ここから最後までノンストップで読んでしまった。
曹貴裁監督が率いる湘南のサッカー哲学はドルトムントと非常に類似したものらしい。
そのスタイルは攻撃的で、チャレンジングで、エネルギッシュなため、観戦していてとても面白いと記されている(なぜ湘南の試合は面白いのかという項目にて)。
給与総額がNo.1で、余裕綽々の戦力で毎試合戦いに挑めるチームは殆どない。各リーグ数チームくらいしかないし、Jリーグに関して言えば存在していない。戦力で相手を圧倒できない場合には、戦術を工夫するしかない。そして、弱者の戦術として、「ドルトムント式」はいいのかもしれない。
中村俊輔みたいな圧倒的な選手がいなくても試合を作っていくことができるし、全勝はできなくても毎試合お客さんに楽しんでもらうことができる。著者もこう書いている。
「どんな結果になろうとも、自分たちのぶれないスタイルを貫く。日本のサッカーに、Jリーグに、こんなチームが1つくらいあってもいい。」(p.77)
第三章 ドルトムントの育成に学ぶ「正しいミスの生かし方」
ドルトムント流のサッカーをするためには、育成の現場から変えていく必要がある。大変興味深い内容だった。ミスするたびに無条件で怒る指導者というのは、「害悪」でしかないとぼくは思っているのだが、その説を1つ強化できた。
第四章 新たな概念「切り替えゼロ秒」
これまでの章を読んでいて、フットサルでもこういう考え方は使えないのかと考えていた。というのも、ぼくが最近まで所属していてやめてしまったチームでは、「縦パスは出すな、ミスに繋がる。横パスを回していこう」というのが唯一の正義だった。
しかし、横パスを回していても状況は全く変わらない。フィクソがプレッシングされ、アラに横パスを出す。アラにもプレスがかかる。フィクソはポジションを変えないからリターンを出せない。逆のアラがフォローに来てくれたり、ピヴォが降りてきたりすることもないので手詰まりになる。
だから、多少きつくてもシュートに繋がるような縦パスを出し続けていたのだが、2本に1本くらいしか通らない。これが非難された。
通ればチャンスになるパスを出すよりも延々と回し続けていたほうがいいという哲学がぼくには理解できなかった。そのチームには上手い選手はいないので、パスを回すこともキープすることも出来なかったというのに……
ともかくぼくは、勇敢に縦パスを出すべきだろうと思っていた。しかし、ミスをするとカウンターを喰らうのも事実。どうしたら良かったのかと悔しさ紛れにイライラしながら、4ヶ月くらい過ごしてきたのだが、この章を読んでその答えがわかった。心底すっきりした。
もっと計画的にプレッシングすれば良かったのだ。作るべきはオフェンスではなくディフェンスだった。
プレイヤーとしてのぼくは、ボールを扱う技術はあまりないが、運動量と速度があるためプレッシングは得意だ。だから、この本でいう「シェフ」として機能していた、料理を作る側だ。しかし、料理を食べる人「イーター」がいなかったから、無駄な努力で終わっていたのだ。
はー、すっきりした。この章を読めただけでも、買った価値があった。
第五章 「ミス」の視点からザックJAPANを分析する
都並氏への取材を元に構成された章。
攻撃を片方のサイドに限定して、サイドチェンジをしないという「メディアルーナ」という戦術を取っていた時のザックJAPANは、ミスのマネージメントが上手くいっていた。プレッシングが効いていた。しかし、最近ではサイドチェンジや中央での攻撃が増えたため、カウンターを喰らうことが増えていったという説。
これも目から鱗の面白い説だった。
そして、都並氏がミスを恐れず縦パスを入れる重要性を説いた後……
「個人的には最もセンスを感じるのは森重(真人)選手ですね。パスを入れられなかったら、ボールを運ぶと言うことを良く分かっている。ボールをグッと持ち出すことによって自分が見える“絵が変わる”んです」(p.149)
森重きたーーー!!!!
この後、ベルギー戦に森重が出場し、何本も勇敢な縦パスを通していたのは記憶に新しい。ぼくもこんな記事を書いた。
ベルギー戦で森重真人とアフロが競り合いするのを見たことによって、Jリーグの夢が思い描けた。
森重くん、偉い子!出来る子!
人から褒められると何かとても嬉しい気持ちになる。
縦パスとミスとプレッシングという視点でもう一度ベルギー戦を観てみようかな。
第六章 最終チェック・良いミスと悪いミスの見分け方
ここで、総括をしている。
総評 「サッカーはミスが9割」
この本で最も優れているところは構成力だと思う。
「ミス」というテーマに基づいて、世界最高峰のサッカーから、湘南ベルマーレ、育成哲学、フットサル、日本代表へと流れるように話題が転換していく。その流れの気持ちよさが、この本で最も好きなところ。
特に、湘南ベルマーレとフウガすみだに変わった時は「うへぇっ」と変な声を出してしまった。落差はあるが唐突ではなく、ドルトムントとベルマーレとフウガとザックJAPANがすぐ隣にいるような親密感がある。
1つ1つの章が非常に内容が濃くて、読み直す価値は大いにあるなと感じさせられた。この間のベルギー戦で、「森重は縦パスのミスが多くて微妙」とかTwitterで書いてた人は、まずこの本を読もう。1つ先に進めるはずだ。
「ミスはあったけど、頑張ってたね。」という子供みたいな感想をしていたぼくも一歩先に進めた(ような気がする)。
ミスして、「あーっ……」と落胆したり、素人観戦者にありがちな「駄目だね!ミスばっかりで!!」と怒ったりするのではなくて、その直後に重要な瞬間が潜んでいるという考え方はとても素敵だ。1試合観戦をしていて楽しんでいられる時間が長くなる。
湘南とドルトムントのサッカーが観たくなった。フウガすみだも近そうだからそのうち観てみたいな。フットサルの正式な試合ってカズが出てた日本代表しか観たことがないんだよね。
読後感として、色んなサッカーの試合を観たくなった。また、サッカーやフットサルをプレイしたくなった。サッカーの楽しさを1つ進めてくれる本として、とてもお勧め!!
ところで、「ミスが9割」とは書いてあるけど、数字の根拠はどこn(以下略)