この記事は、シアトルを中心に活動しているジェイソン・バスケット氏が指導する、主に小中学生を対象としたスキルクリニックを見学した際のレポート。
関係者の中ではとんでもないビッグネームなのだが、ジェイソンの名前は日本ではあまり知られていない。というよりも、アメリカの育成環境などについて詳しく知っている人は稀だと言っていい。
だから、知られていないのは当たり前の話だ。ぼくはこの件については「関係者」の1人なので、ジェイソンのことはよく知っていた。しかし、口伝や動画での映像を見るだけでは理解し切れていなかったようだ。
目の前で話を聞いて始めて分かることもある。そして、それは想像以上に大きかった。
この記事の内容は、トルネード関係者にとっては当たり前のことかもしれない。しかし、日本でバスケットボール選手の育成に関わっているコーチにとっては示唆に富んだものになるのではないだろうか。
ジェイソンとは誰なのか
シアトルに伝説のコーチがいる。その名をジェイソンという。最初は細々と始めたスキルクリニック。それがクチコミを通じて人気を呼び、現在では約2000名が学んでいるらしい。
ジェイソンが主催するECBA(Emerald City Basketball Academy)には50名ものコーチが所属し、そのうち27名はハイスクールでヘッドコーチをしているらしい。
要するに50名のコーチのドンで、2000人のバスケットボールプレイヤーのドンなのだ。それも、バスケットボール王国アメリカで。
評判が評判を呼び、今ではNBA選手も学びに来るようになっているようだ。ネイト・ロビンソン、マリオ・チャルマースのような一線級の選手がジェイソンの門戸を叩いている。(他にもいたかもしれない)
ジェイソンのトレーニングを受けた選手は非常にうまくなるようだ。だから、チームは勝ち続ける。一方で、ジェイソンのフォーメーションは一つしかないらしい。戦術的には単純で、ピック&ロールと1on1が中心のバスケットボールを展開する。
ピック&ロールと1on1中心で勝つために、ハンドリングなどの基礎技術、1on1の技術とオプション、スペーシングなどを教え込む。結果、1on1とピック&ロールがアンストッパブルになる。
ジェイソンの生徒達は、マッチアップゾーンをやれと言われても、すぐにはできないかもしれない。難しいフォーメーションはしらないようだ。しかし、教えればすぐに出来るようになるのだろう。基礎が完成されているからだ。
育成というのはこうするべきなんだろうと思う。戦術を教えて、それに当てはめる。そんなことをする時間があったら、少しでも個人技が向上するようにするべきなのだろう。
小学生、中学生の間にいくら勝利を積み重ねても意味がない。大切なのは最終的にどこまでいけるかなのだ。22歳でベストの状態に持って行こうと思ったら、小学生、中学生の間に戦術の練習をするのは非効率的だと言っていいのではないだろうか。
10~12歳は、技術の習得に最も適したゴールデンエイジと言われている期間だし、その前後も非常に重要な期間だ。
でも、技術練習ばかりしてても勝てないのではないだろうか。という問いに、ジェイソンならこう答えるかもしれない。
「勝てるよ。だってぼくのチームは勝ってるし。」
しかし、何故個人技を練習するだけで勝てるようになるのか。どのような練習をしているのかを目前で観ることができたのでレビューしたい。
ジェイソントレーニングの特徴
練習の仕方としては、まずコートを6つに区切った。そして6箇所で別々のメニューを練習できるようにした。5分ごとに一つ移動し、一周したらおしまい。
6つのメニューについては割愛。どれも非常に目新しく面白いメニューだった。特殊な器具を使うものもあり、子供たちは目を輝かして取り組んでいた。見た目が面白そうというのも大切な要素だと感じた。
ジェイソンの指導の特徴は非常に理屈っぽいことだ。どのような練習にも必ず目的がある。ハンドリングの練習をするのではなく、何のために使うハンドリングなのかを考えないといけない。ジェイソンの言葉を借りるなら「全てには目的(purpose)が必要だ」ということになる。
ジェイソンの練習メニューには全てに意味がある。クロスオーバ-を練習するための器具がある。
バーの下をボールを潜らせるようにドリブルすることで、いつの間にかクロスオーバーができるようになるのだそうだ。
このバーの高さは、ジェイソンが卒業論文を執筆する際に検討した「最適なクロスオーバーの高さ」を考慮して設定されているのだそうだ。
すべてに根拠がある。とりあえずやってみるとか、何も考えずに我武者羅にに走るとか、そういった要素はない。ありとあらゆることに意味がある。
ジェイソンは理屈っぽい。しかし、子供に対してはあまり理屈を言わない。最初に練習メニューについての説明をするが、そのあとは何も言わない。失敗しても、何も言わない。余程良いプレイがみられた場合には「Good Job!!」と言うことはあった。恐らく見本になるからだろう。
それ以外の場合には、あーだこーだと説明することはしない。子供達の「自分で考える力」を育てようとしているのではないだろうか。
ジェイソンは大変な理論家のようだが、言葉による伝達をあまりあてにしていないようだ。このように言っていた。
「言葉で言ってもわからない人がいる。
だから身体に教え込んでいる。
すると、誰にでもできるようになる。」
器具を使って邪魔をする。その邪魔を乗り越えようと悪戦苦闘する。いつの間にか邪魔されていても平気で出来るようになる。そのときには次のステージに進んでいるという理屈らしい。
怒鳴り散らしているコーチを見ることがある。
「バカヤロー そっちじゃねぇって言ってるのにどうしてわからねぇんだ!!」
一方、ジェイソンは怒鳴ることはせず、「そういった場面で」「正しい判断ができるようにするための」練習メニューを考える。
ジェイソンの基礎スキルの練習メニューは、ただ技術を学ぶだけではなくスペーシングの感覚もたたき込まれているらしい。どこのスペースを使うか、1線のディフェンスとヘルプがどこにいるかを見た上で判断する習慣がつくように練習に織り込むらしい。
ぼくは、ベストキッドという映画を思い出した(うろ覚えだが)。空手の修行がしたい少年はちっとも空手が教えてもらえない。代わりに延々とワックス掛けをさせられる。
ワックスを塗って……ワックスを塗って……
どういう経緯かは忘れたが試合のシーンになる。空手なんか習ったことがない。ええい、あれを思い出すんだ!「ワックスを塗って……」と呟きながら、ワックス塗りの動きをする。
すると、その動きが空手のディフェンスの動きになっていたらしく、相手の正拳突きは弾かれていく。
相手「こいつ、化け物か!!」
他にもいくつか、この手の練習があって、空手の練習をしたつもりがなかったのにいつの間にか強くなっているというお話。
謎の器具相手に、謎の練習をしていたつもりなのに、試合で必要なハンドリングスキルや判断力が身についている。こういうタイプの練習なんだろうと思う。
面白い。
全ての練習は以下の5つの要素に還元されるのだそうだ。
1.ハンドリング
2.プロテクション(ボールを守る)
3.チェンジオブペース
4.チェンンジオブディレクション
5.スペースを作る
じゃあディフェンスはどうなんだ?と練習後に質問した人がいたが、そこからディフェンスの説明が1時間近く続くことになり、とてもじゃないがここには書き切れないので割愛。
トルネードで育った子供達をみればわかる
こう書いては来てみたが、ぼくはコーチ経験もないし、プレイヤーとしてもキャリアは浅いこともあって、練習メニューについては理解しきれない部分もあった。
でも、参加している子供を見たらわかったことがある。その前に今回のツアーについて説明する必要がある。
ジェイソンが主催している組織がECBA。
そこと提携しているのがTornadoesという日本の組織だ。
Nippon Tornadoesは西田辰巳氏によって立ち上げられた日本人中心のバスケットボールチームで、アメリカにある独立リーグIBLに参加している。
(ドライブする際には、相手の膝裏を触っていけというレクチャー時の写真)
Tornadoesは、世界に通用する日本人バスケットボールプレイヤーを作ろうというプロジェクトで、そのためにはバスケ王国アメリカのノウハウを現地で学ぶ必要があると考えた。
そう、そのノウハウこそがジェイソンのトレーニングなのだ。
Tornadoesには、子供の育成を専門とする部門がある。それが、実際にアメリカで行われるキャンプTornnadoes Jrであったり、日本全国の各地で開講されているTornadoes Academyであったりする。
Jrではジェイソンの指導を直接受けることができる。Academyでも、ジェイソンのメソッドに基づいた練習をすることができる。
さて、ぼくが見学に行った練習会には、Academy所属の子供が来ていた。Jrに参加したこともある選手もいたようだ。
その子達を見て思ったのはこの一言。
「凄すぎる」
何が凄かったのかというと以下の点。
・テクニックがある
・基礎運動能力も高い
・判断力が高い
・自由にプレイしている
・笑顔が素敵、楽しそう
上手いだけ、身体能力が高いだけなら驚かない。しかし、プレーのセレクションの良さがずば抜けていると感じた。
何より自然体で力が抜けていて、笑顔を絶やさず楽しそうだったのが印象的だった。これは普段の練習で、怒鳴り散らされていないということを表しているのではないか。
怒られたり、殴られたりしている子供はああいう顔にはならない、とぼくは思う。
もう一つ面白いと思ったのが、ピックアップゲームの時のこと。トルネード関係の子供達は、ミスしても「ごめん!」とは言わなかったのが印象的だった。
ミスした際に謝る光景。これはよく見る。というか自分も謝る。
けど、彼ら彼女らは謝らない。
ミスは必ず起こるものだから、ミスを責めても仕方がないと分かっているのかもしれない。だからといって無策なわけではなくて、タイムアウトの時には、戦術上のことを熱心に話し合っている。
こういったことがいいのか悪いのかという判断はできない。けど、ぼくは大好きだ。こういう人達とスポーツがしたい。
シュートを外したり、パスミスをしたりする度に罵倒されるようなところにぼくもいたことがあるが、そういう場所は二度と行きたくない。
トルネードの育成プロジェクト。子供の人格形成にとしても、プロ選手の育成としても非常に効果が高いものなのではないだろうか。
そう強く感じた。
観に行って良かった。
唯一後悔しているのは、夏バテなどで疲労しすぎていて、関係者とゆっくり話す気力がなかったこと。本当に死ぬかと思った。ジェイソンにも聞いてみたいことがあったのだが、最終的には頭が朦朧としていたのでうまくまとまらなかった。
次の機会にはもっと色々と聞いてみたい。
ぼくも「関係者」として、このプロジェクトの末席に加えてもらっているのだが、今まで以上に自信を持って言えるようになった。
「トルネードは本物だ!」と。