夢について本気で語るための前段階

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夢について書くのはなかなか難しいものだ。宮古島から戻ってきて以来、何度かトライしたがうまく形にならずに終わってしまった。書いている途中で「これじゃない感」が漂ってきて、うまく修正できなくなって終わってしまう。一つの理由としては、「夢」という曖昧模糊とした抽象概念について考えているから、文章も自然と曖昧でフワフワしたものになってしまうのだろう。

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サッカーについて書くのならば簡単で、物事は非常に具体的だし、自分の言いたい内容も明確になっている。書こうと思った内容を全部書き終わる前に疲れてしまって適当な地点で着地することこそあれ、書く内容が途中で曖昧になっていくということは少ない。

物書きは、文章を書き始める前にノートに“構成表”などを作るのが基本だ。
これは家を建てる前に図面が必要なのと同じことで、適当に書き始めるとうまくまとまらなくなってしまうことも多い。結果として非常に読みづらいものになってしまうこともある。そういう意味では、「夢」についての自分なりの考えをまとめて、構成をしてから書き始めるべきなんだろうと思う。

でも実は、夢について書くときに構成表を作ることにはネガティブな見解を持っている。プロの物書きを名乗る以上、いかなるものでも書けなければいけない。仕事の要望があれば自分の望まぬコンテンツも作成するのがプロというものなんだろう。書きたくないものでも形にするためには、緻密な構成表が必要だ。そうすれば迷子にならない。

例えば「主婦は為替取引で副業をしよう!」という文章を書くとしよう。これは、殆ど地獄への招待状みたいな文章だ。1つの家庭から何百万円という単位のお金を引きずり出そうとすることを真の目的としている。こういった文章を作成するのは、人間を地獄に落とす手助けをすることと同義だ。

そういう心情を持っている場合には、文章には必ず「色」が出る。不思議なもので、“構成表”なんて作らなくても、自然と自分の考えている通りのストーリーになる。

だから、「主婦は為替取引で副業をしよう!」というタイトルで書き始めたらこういう流れになってしまうだろう。

・FX取引は主婦でも気軽に始められる。
・うまく運用すれば一攫千金の可能性も。
・でも運用資金をすべて失うこともある。
・それどころか借金を負ってしまうこともある。
・一攫千金の夢の代償として、家族とともに地獄に落ちる覚悟がある人以外には絶対にお勧めできない。
・そもそもFX取引が安全で儲かるなんていうのは大嘘だ。
・日々の暮らしを見直し、背丈に合った毎日を最大限に楽しめるように工夫しよう

これだとタイトルと一致しないから、最後にタイトルを変える。「一攫千金の欲望に打ち勝ち、真の幸せを求めよう」。これは、非常に自分らしい文章だ。でも、こんなものを書いていてもお金はもらえない。それは依頼主が望む製品ではないからだ。だから、構成表を作らないといけない。

・FX取引は主婦でも気軽に始められる。
・うまく運用すれば一攫千金の可能性も。

・でも運用資金をすべて失うこともある。
・それどころか借金を負ってしまうこともある。


・確かにリスクも存在するが、安定した取引方法もある。
・例えばスワップポイント狙いのポジションを取ることだ。
・大もうけは出来ないが月に20万程度は、低リスクで稼ぐことができる。
・朝食前の10分間の取引だけで、年収300万円の主婦36歳(捏造、大嘘)。
・スワップポイント狙いならばモニターの前で数字をチェックするのは1日1回で十分。
・FX取引をするためには、FX会社への登録が必要。
・登録はオンラインで簡単にできる。お勧めの会社は○○社など。

こうやって構成表を作れば思っていないことでも何とか形にすることができる。つまり、構成表を作るということは、自分が自然と感じていることを曲げてしまう行為でもありえるのだ。

逆に、構成表を作らずに即興で文章を書いていると、自分が心根で考えていること以外出てこない。この文章も即興で書いているが、読み返してみると実に自分らしい文章になっていると思う。心から出てきた言葉が踊っているような感じがする。

正直この文章を人が読んでどう思うのかはよくわからない。自分の書いたものが読者にどう伝わっているかは深い闇の中にある。どうもこれはプロでもそういうものらしい。もう名前は出さないが、お世話になったスポーツジャーナリストの大御所でも、自分が書いたものがどう受け取られているかはさっぱりわからないと言っていた。

どう伝えるかわからないのであれば、せめて心を込めて書きたいと思う。ライティング技術に頼らずに、自分の心から出てくる言葉を書き記したい。嘘はつきたくないし、「俺文章うめーだろー!へっへー!!」的な虚栄心も殺したい。そういう気持ちが出てきてしまったら、「ああ、純度が落ちてしまった。」と嘆いて、その時点で執筆を止める。

話が最初に戻るが、夢について書こうとするといつも途中で終わってしまうのだ。夢について書こうとすると「夢をみている俺かっけー」的な風味がどうしてもにじみ出てきてしまう。それは臭気だとすら感じる。

構成表を作って、しっかりと計算した文章を書けば、そういった臭気を消すことも出来るかもしれない。けど、本質からは遠ざかってしまう。自分が夢というものについてどのように考えているかがぼやけてしまう。

本来は、自分の心にあるものを文章に記すべきだ。しかし、心にはないものを捏造して文章にしてしまうと、文章に心が影響されてしまう。少し難しい言い方をすると、叙述したものに、心が書き換えられてしまうことになる。つまり、「俺は強いんだぜー!」と毎日書いていると、自分が強くなったように感じてしまうのだ。

夢、幸福、人生については今後深く考えていきたいテーマだから、なるだけ純度の高い思考と叙述をしていきたい。そのためには、後何回か夢について書こうとして失敗するというプロセスが必要なのかもしれない。

現在のはとのすブログもだいぶ身体に馴染んできて、書きたいことが、自然な文体で、書きたいように書けるようになってきた。この文章は、作成時間35分、キーワード「夢」だけ決めて即興で書いた。

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