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Jリーグ サッカートピック サッカー論

2013年ナビスコカップ決勝、浦和レッズのゴール裏にて。

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「浦和レッズを観に来て欲しい」

Twitterやコメント欄を通じて、この言葉を何度聞いただろうか。正確な数はわからなくなってしまったが、30件近かったように思う。

この言葉には一体何の意味があったのだろうか。第一に、ぼくに試合を見せてどうなるのかという疑問もあった。それは他も一緒で、「是非スタジアムへ!」というコメントを様々なチームのサポーターから頂いた。しかし、その中でも、浦和レッズサポーターからのお誘いの声が桁外れに多かった。

浦和レッズのサポーターが単純に多いという事情もあるだろう。2013年の31節までの平均値をみてみると浦和レッズは35346人で2位のアルビレックス新潟に1万人以上の差をつけている。リーグの平均は16670人で、浦和レッズはその倍以上の集客が見込めるチームということになる。

2013-11-15_1609

数字を眺めてみるとわかるように、浦和レッズが日本最大のクラブの一つであることは紛れもないことのようだ。日本一多くの観客を集めるチーム、多くの人が「一度レッズを見て欲しい!」と口を揃えて言うチーム。それが一体どんなチームなのか、どうしても自分の目で見てみたくなった。

ナビスコカップ決勝、ゴール裏へ

そう何度も誘われると段々とその気になってくるもので、一度浦和レッズを観に行ってみたいと思うようになった。しかし、スケジュール的に今シーズンは浦和の試合には行けそうになかった。リーグ戦の試合がある日は、他のスタジアムに行くことが決まっていたし、ナビスコカップ決勝はチケットが売り切れていた。今から入手するのは難しいとのことだった。だから、その日は諦めて自宅でテレビ観戦をしようと思っていた。そんな時、とあるサポーターの方からチケットを譲ってくれるという連絡を頂いた。

その上、ゴール裏に席を確保してくれると……

ゴール裏?!

ゴール裏というのは熱狂的なサポーターが集い、中には気の荒い人も多いデンジャラスな場所というイメージがある。

その時は知らなかったのだが、浦和レッズのゴール裏の席を確保するのは至難の業らしい。キックオフは13時であったのだが、その6時間前の朝7時から長蛇の列が出来ていたという。それですら、席取り争いが激化しないように調整した結果らしい(詳細不明)。

最も過激と噂される浦和レッズのゴール裏にふらっと行ってみても大丈夫なのだろうか。

うっすらと記憶にあるのだが、暴れている浦和レッズのサポーターがテレビで特集されていたような気がする。それが事実かどうかははっきりしないし勘違いかもしれないのだが、少なくともぼくの記憶としてそういうものは残っていた。

調べてみると今年の8月にも、浦和レッズサポーターが相手チームの選手バスに向かって爆竹を投げたり、警備員に暴行したりして逮捕されるという事件があったようだ。これは一部の無法者の仕業かもしれないが、そういうものを読んでしまうと恐ろしさを感じるのも事実だ。

ぼくは浦和レッズサポーターではないので、ゴール裏に入り込むことを嫌うサポーターもいるかもしれない。もし、もめ事になってしまうと、自分も嫌な思いをするだろうし、せっかく誘ってくれた人にも申し訳ないことになってしまう。

ともかく緊張していたし不安だった。これはその時の嘘偽りのない気持ちだ。しかし、Jリーグに興味を持った以上、日本最大のクラブ浦和レッズがどういうものなのか、自分の目で絶対に確かめたかった。

ゴール裏に行く以上、そのチームを全力で応援しないと失礼だと考え、ざっとチャントの予習をした。そして、赤いタートルネックに、真っ赤なランニングシューズを着用していった。

果たして、浦和レッズのゴール裏はどうなっているのだろうか。乱暴な言葉、威圧的な服装、暴力的な行為などが目に付くのだろうか。周囲の声に耳を澄ましつつ、神経を使いながらスタジアムに向かった。

国立競技場へ

当日は大混雑が予想されていた。ぼくが朝起きたのは8時くらいだったが、その時には既に浦和レッズのサポーターは行列を始めていたらしい。これはまずいと思って慌てて準備をし、千駄ヶ谷へと向かった。

JR総武線に乗り込むと、そこには既に「赤」を身につけた人がいた。目の前には、立派なヒゲをはやした恰幅のいいおじさん。上半身にはもちろん赤いユニフォームを着ていた。この方はどういう人なのだろうかと、不毛な想像を続けた。レッズ誕生以来のサポーターなのだろうか、やっぱり浦和市民なのだろうか、と。

すると、そのおじさんは子供を連れていることに気付いた。そこで小さな違和感を覚えたが、そうかゴール裏じゃなくて指定席に行く人もいるのかと思い納得した。いくらなんでもゴール裏なんてデンジャラスな場所に子供を連れていくわけがないとその時は思っていた。それにしても、ぼくはそんなところに行っても大丈夫なのだろうかと心細い気持ちが芽生えてくる。

千駄ヶ谷駅につき改札に向かうと、試合開始から3時間以上も前だったのにも関わらず「赤」の服を着た人がかなりの数いた。冷戦時のアメリカ人が見たら発狂するのではないだろうか。改札を出てすぐのところで「チケット一枚余っています」と紙に書いている浦和レッズサポーターを見かけた。チケットが余った場合は駅前で譲り合いをすることもあるようだ。

駅前の信号を渡り、浦和レッズサポーターは千駄ヶ谷門方面へ向かう。一方、柏レイソルサポーターは青山門方面へと向かっていく……

そのはずだったのだが、ほとんどの人が千駄ヶ谷門方面に向かっていった。どうやら周りはほぼ全員浦和サポーターだったらしい。周囲の人をさり気なく観察してみた。しかし、どうも最初に想像していたのとは違っている。

柄の悪い人は見かけず、汚い乱暴な言葉も聞くことがなかった。普通の子連れ家族、カップル、1人で歩いている大学生風の男性、男性4,5人のグループ。すぐ隣の男性グループの話が聞こえてきたのだが、「柏は強いからねー、今日は頑張って欲しいわ-。」と、極めて落ち着いたトーンで淡々と話していた。

スタジアムに入る前に、垂れ幕を見つける。

そこには「赤」と「荒」の文字が!! これは暴力的なサポーターの足跡か?!

と思いきや……

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「赤き老若男女鼻息荒げろ」

老若男女? 鼻息? 殺意とか狂気とかじゃなくて?

もちろん、規制などがあってあんまり過激な言葉は使えないという事情もあるのかもしれないが、イメージとギャップがある。

老若男女とわざわざ掲げてあるだけあって、国立競技場の通路を歩いていると、近所の町中を歩いているような気持ちになった。老若男女の偏りが小さい。いや、壮年から老年にかけての男女がかなりの割合で来ていた。その多くが赤いユニフォームを着ていたという点では、ちょっと変わった風景ではあったが、その一点を除くと、休日のイトーヨーカドーとか、町会の運動会なんかと大きな違いはないように思えた。

これはもしかしたら国立競技場で行われた試合だったことも影響しているのかもしれないが、浦和レッズのサポーターの方々は、外見上は極めて普通だし、全く怖さを感じなかった。それよりもむしろ親しみを感じた。

外見上いかにも柄が悪い人、つまりヤクザ風とかヤンキー風の人はスタジアムを去るまで1人も見かけることがなかった。そういう人もゼロではないだろうし、実際に事件もあったわけだから乱暴な人もいるのだろうが、割合としてはかなり小さいのかもしれない。

ゴール裏の席を案内してくれたグループの皆さんはみんな物腰が丁寧で、優しく、親切だった。非常に個人的な感想だが、付き合いづらい感じの人はいなくて、「この人達とサッカーの話をしながらビールを飲んだら楽しそうだな」と自然と思えた。

ぼくはユニフォームを着ていないのですごく恐縮していたのだが、ゴール裏の中心であってもユニフォームを着ていない人も結構いた。

もちろん、試合が始まれば着替えるのだろう。と思ったら、試合が始まっても青系の色をした普段着のままの人もいた。ゴール裏の中心地からはだいぶ外れた場所だったこともあったかもしれないが、「てめぇ真面目にやれよ!」と怒られることもなく、若干テンションは低かったがその人なりに応援に参加していた。

さて、一度席に着いた後、マッチデープログラムを買うために売店の列に並んだ。その時にあまりにも列が長すぎたせいで(15分も並んだ!)、列に入る場所を間違えてしまったのだが「列はあちらからですよ」と優しく教えてもらった。とんでもない数の人がいたにも関わらず、誰も文句を言わずに整然と並んでいる様子は、まさしく日本的な光景だった。これもまた印象と違う。もっとピリピリした雰囲気かと思っていたのだが、その予想は外れていたようだ。

さて、無事プログラムを仕入れてゴール裏に戻るとえらいことになっていた。

旗。

旗、旗、旗。

旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗旗!!!!!

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なんだこの光景は……

何が始まるというのだ……

浦和レッズのゴール裏は一体どうなってしまうのだ。さっきまでは、少しほっとしていたのだが、突如訪れた異様な光景に胸騒ぎが高まっていく。

尋常ではない狂気、強烈なエネルギー、破壊的な力。

そんな言葉が頭の中を巡った。試合の開始が近づくにつれて、胸騒ぎが高まっていく。天気も悪く、小雨が時折パラついた。ぼくはこの場所にいても大丈夫なのだろうか……

どういうわけだかわからないが、ゴール裏は通路まで人が溢れている。明らかに座席数とチケットの枚数が合っていない。人と旗の中をかき分けて進んでいく。しかし、歩いているうちに気持ちが落ち着いてきた。中心部を少し外れると親子連れが増えてくるからだ。

ゴール裏では子連れのサポーターをとにかくよく見かけた。楽しそうに試合を待ち望む子供達の顔をみて、自然と和んできた。ぼくの席の隣あたりには、赤い小さなユニフォームを着た可愛らしい女の子とお母さん。その隣にいるのはお父さんらしき人は全力で旗を振っていた。

ぼくの席はかなり上段のほうだったのだが、最上段まで白髪のおばあちゃんが登ってくるのが見えた。とても優しそうな表情をした方だった。不思議な感じがした。ここにはまさしく老若男女が集っていたのだ。

相変わらず不安な気持ちはあったが、同時に何となく大丈夫なのではないかという気もしてきた。しかし、確かなことが一つだけあった。

この光景、この空気は、この場所にいないと決して味わえないものだということだ。
テレビの画面を通じていくら覗き込んでも何もわからなかっただろう。
とにもかくにも、自分の目でみようと思ったことは正解だった。

そうこうしているうちに、ナビスコカップを賭けた最後の戦いが始まる――

ナビスコカップ 決勝戦 前半

選手入場を前にして「威風堂々」というチャントが鳴り響き始める。その音圧の凄さと、音の広がりにただただ圧倒された。とんでもない迫力だった。周囲のありとあらゆる場所から音が湧き出してきた。数万人の人間が散らばっていて、一斉に合唱している。その音の力は凄まじいとしか言いようがなかった。

当たり前なのかもしれないが、試合中はほとんど全員の人が歌や手を振り上げる動作などに参加していた。黙って腕組みしている人もいたにはいたが、極めて少数派だった。みんな真剣に応援していた。

浦和レッズ! 浦和レッズ! 浦和レッズ! 浦和レッズ! 浦和レッズ! 浦和レッズ!とコールが入る。

松崎しげるの国歌斉唱。

We are Reds! We are Reds! We are Reds! の大コール。

そして……

アレアレアレ 浦和
アレアレアレ 浦和

のチャントが鳴り響き、試合が始まった。
このあたりの雰囲気については、Youtubeに良い動画があがっていたのでこちらを観てみるといいかもしれない。

試合が始まる。

試合が始まった後、また一つ小さな違和感があった。未だかつてないほど試合が見やすかったのだ。初観戦記を書いた時も同じ国立競技場だったのだが、試合で何が起こっているのかさっぱりわからなかった。しかし、今回は妙にわかりやすい。フォーメーションもよくわかるし、狙い所も見えてくる(もちろん、それが正しい保証はないが)。

そうか、ゴール裏は試合が観やすいのか!と気付いた。自分でサッカーをしているときのビジョンはこんな感じなのだ。ぼくは大してプレイヤー歴が長いわけではないが、サッカーは常に縦にみてきたらしい。もちろん、試合の場面によっては横を見ることもあるが、それは限定的なことで、基本的には前を向いてプレイしている。もしかしたら、サッカー経験者にとっては、ゴール裏のほうが見やすいという現象があるのかもしれない。

もう一つ、浦和レッズの応援はとても試合が見やすいものだった。同じメロディーが長く続くし、歌詞に「ことば」が少ないので考えなくても歌うことができる。

チャントはチャントとして一生懸命大声で歌いチームを鼓舞する。と同時に、チャントに神経を使わなくてもいいので試合もしっかり観ることができる。小まめにチャントを変えていくほうが、応援しているほうも飽きなくていいとは思うのだが、10分以上という延々と同じフレーズを繰り返すというスタイルも悪くないと思った。

浦和レッズのサポーターの多くは浦和市民が占めているという。そして、浦和という土地はJリーグ発足前からサッカー所だったらしい。そういうことが影響しているのかどうかはわからないが、浦和レッズの応援は、サッカーを観戦することとうまく噛み合っているように感じた。

他のチームと比べてどうというのは言えない。ともかく、初めて行ったゴール裏で、浦和レッズの応援をしている時が、今までで一番サッカーが見やすい時間だった。

この日は浦和レッズの応援をすると決めてきていたので、「傍観者・観戦者」から「応援者」に立場が変わっていたことも影響しているのかもしれない。

不思議なもので、赤い服を着て「浦和!浦和!」と何度も声に出していると段々と浦和レッズが好きになってくる。いつの間にか緊張も解けて来て、応援の声も積極的に出すようになってきた。

応援する立場になると、サッカー観戦の緊張感が全く違ったものになる。相手が攻めてくると怖い。ドキドキするし祈りたい気持ちになる。一方で、こっちが攻め上がっていくと、「いけーーー!!やっちまえーーー!!!!」という気持ちが盛り上がってくる。

こういった楽しみ方にサッカーの知識は不要だ。前にも書いたが「色」だけわかればいい。

さて、前半は一進一退の展開を続けたがスコアは0-0のままだった。
そして、前半終了間際のことだった。突然の鋭いクロスから工藤壮人のヘディングが突き刺さった。

あまりにも速いクロスからの展開に「やばい」と感じる暇すらなかった。

「あれ? え? え? え? えーーー?!」

歓喜し、走り回る柏レイソルの選手達。反対サイドのゴール裏で跳びはねる黄色の塊。そのときまるでゲームの画面をみているような気持ちになった。どこか遠くの場所で起こったことをぼんやり見ているような感覚。これは現実じゃない、信じたくないと思っているのだろうか。

そう、ぼくはただぼんやりと見ていた。これは他のサポーターも同じだったのかもしれない、周囲はしょんぼりとした空気に包まれた。そして、ハーフタイムとなった。

ハーフタイムの閃き

とにかくハーフタイムにするべきことは一つだった。トイレに行かなければならない。ゴール裏はサポーターで満ちていた。狭い通路には必ず人が立っていたので、一人が通るのがやっとだった。その道を行く人来る人が交差していく。まさしくカオスだった。

後から聞くと、ハーフタイムにはサポーター達が飛び跳ねるという楽しそうなイベントがあったらしいのだが、ぼくはトイレに行って帰ってくるだけで全ての時間を使ってしまった。

多分これだと思う。

トイレにも凄い数の人が殺到していたのだが、穏やかで落ち着いた列が形成されていた。失点の直後なので、口汚いことを言う人がいるかもしれないと思っていたのだが……

「あそこでいつもマークから目を切るんだよな……」とか「○○はいつもディフェンスが甘い」というような自チーム批判、あるいは八つ当たり的な相手チームや審判に対する不満などが聞こえてくるかと思ったし、そういうものがあるほうが自然なくらいだと思っていた。

しかし、そういった声を聞くことはなかった。あまりにも日常的であまりにも平穏な雰囲気だった。そんな中、チケットを譲ってくれた方と偶然出会った。

「前半はどうでしたか?」

と聞かれたので、

「いやー、最後のあれは悔しいですね……」

と、答えた。すると、

「大丈夫です。後半返しますよ。」

と、淡々と語って去って行った。

この短い会話に何か違和感を覚えた。こういった場面では説明的・言い訳的な弁護をしたりとか、逆に自チームに対する批判をしてみたりとかいうことがあってもいいのではないだろうか。どうにも淡々としすぎているし、これは一体なんだろうかと考え続けた。そして、しばらく頭を捻っていた後で気付いた。

そうか彼は、浦和レッズが勝利することを全く疑っていなかったのか――

トイレを終えて座席へと戻る「険しい道のり」の中、突然閃いたのだ。その瞬間、全てがわかったような気がした。

浦和レッズを応援する人達は、相手チームを攻撃したりとか、貶めたりとか、日々の鬱憤を晴らしたりとか、そういう目的でスタジアムに来ているのではない。もちろん、中には暴力的な人もいるのだろうが、全体としてはそうではないのだ。

穏やかで、優しく、真剣にチームを応援している、ただそれだけなのではないだろうか。彼らのチームを愛する気持ちが段々とわかってきたような気がする。これは気のせいかもしれないし、ぼくの妄想かもしれない。しかし、その時確かにそう感じたし、10日以上経った今も、その気持ちは変わらない。

彼らはチームを信じているのではなく、疑うことすらしていない。これは最上級の愛情表現だ。

1点差をつけられた後半戦。このまま無得点で終われば、最後の最後で優勝を逃すことになる。しかし、負けを覚悟している人はおらず、愛する「俺たちの浦和レッズ」が勝利してくれることを疑うことすらしない。全力で応援し続けるだけだ。

それは、どうしようもなく美しいものだと感じた。老若男女、様々な人がスタジアムに詰めかける。人数は見積もっても3万人くらいいたのではないだろうか。その全員が、浦和レッズを心の底から愛し、信じ続けているのだ。

どんなドラマよりもドラマチックで、どんな映画でも表現できない巨大な愛の塊だ。

浦和レッズのサポーターは、他のチームのサポーターから理解されないことも時にはあるらしい。そういう話を、Jリーグを見始めてからの1ヶ月の間に随分と聞いてきた。それは言うならば陰口みたいなものなので、ぼくはあまり相手にしてこなかったのだが、どうも他と折り合いが悪いということはあるらしい。

でも、そりゃそうかもしれないと思った。当たり前のことだ。

チームに対する揺るぎない信頼、絶対的な愛情。こういったものは他人には理解できるものではない。ぼくは「親バカ」という言葉を思い出した。親が子供に対して「可愛い」とか「うちの子は偉い」とか思う気持ちは、他人には全く伝わらない。

浦和レッズというチームは、これだけたくさんの人に、我が子や家族のように愛されているということだ。

今回、チケットを取ってくれた方は、本当に親切に浦和レッズのことを教えてくれた。尋常ではないくらい親切だった。それは、自分の子供の発表会に来賓を招くような気持ちだったのかもしれない。

「浦和レッズは金持ちで、金で選手を漁って……」とか「勝てればいいというチームだから……」という非難を何度かみたことがある。ぼくは両方とも賛同しない。

しかし、そもそもそれらは論点が違っていたのだ。

良い選手がいるからとか、イケメンがいるからとか、いつも勝つからとか、浦和レッズというチームはそういう理由で愛しているわけじゃない。浦和レッズは「俺たちの浦和」だから愛されているだけなのだ。そこに理由はなく、理屈もない。ただ、愛があるだけだ。これは本当に素晴らしいことだと思った。

最初は戸惑ったが、赤きサポーターの気持ちが分かってきたような気がした。と、同時に、この試合に勝って欲しいという気持ちも強くなってきた。

1点差で負けている現状を打破し、逆転して欲しい。

そして後半――
浦和レッズの猛攻が始まった。

浦和レッズの後半戦

後半戦はまさしく死闘になった。苛烈に攻め立てる浦和レッズの攻撃を柏レイソルは防ぎ続けた。左サイドを槙野が突破し何度も何度もチャンスを作っていく。槙野というとやべっちFCでふざけているところばかりが印象にあったのだが、あのアグレッシブな姿勢には声援を送るしかなかった。

ぼくはよく知らなかったので後で調べたのだが、両チームとも、この決勝の舞台に立つために、死線をくぐり抜けてきたのだ。

柏レイソルは、サンフレッチェ広島と横浜F・マリノスという強豪チームを打ち破って勝ち上がってきた。浦和レッズもセレッソ大阪と川崎フロンターレを下して来ている。川崎との試合は、詳細はしらないもののスコアをみてみるとこれはアウェーゴールの差で決着がついている。辛勝と言っていいのではないだろうか。

雨が強くなってきた。

浦和レッズは、サポーターの待つゴール裏に向かって何度も何度も攻めたてた。何度も何度も決定機を作り続けた。「あとちょっとずれていればシュートが撃てていたのに!」と思わず叫びたくなるようなシーンが続いた。それは、同時に柏レイソルのディフェンスが死力を尽くして守り切っているということでもあった。

息を飲む攻防。時折柏レイソルのカウンターに襲われると恐怖で身が縮んだ。2点差がついたら終わってしまう――

そうしたピンチを乗り切ると大きな拍手が起こった。

時間が経つにつれて、攻撃の悲痛さは増していく。一刻も早く一点を取り返す必要がある……

そんな時、浦和レッズのゴール裏はどんな雰囲気だったのかというと……

「なんて優しい空気なんだろう」

ぼくはそう感じた。浦和レッズの応援に、攻撃的なものはあまりないようだ。優しいメロディを持った曲が延々と繰り返されていた。

浦和レッズ!浦和レッズ! ララララーララーララーラ
浦和レッズ!浦和レッズ! ララララーララーラーラーラー

このチャントは子供にも覚えやすかったようで、ぼくの隣にいた子供達が可愛らしい声でキャイキャイいいながら、この曲を歌っていた。ぼくも子供達と一緒にこのチャントを歌っていた。試合前に大きな旗を振り回していたお父さんは、時折子供の方をみて、滑るから気をつけろよというように注意をしていた。

後半も半分以上過ぎた頃だったので、心理的には焦りも生まれてくる時間帯だったが、何とも優しい雰囲気だった。浦和レッズが同点に追いつき、最後には勝ってくれることを誰も疑っていない。やはりそうだとしか思えない。

老若男女、様々な人がそこにはいて、そのほとんど全員が浦和レッズのことを信じ、声援を送り続けていた。誰が何と言おうがこの空間は素晴らしいものだった。

浦和レッズのチャントはあまり難しくない。歌詞らしい歌詞は少ないし、音程もわかりやすい。万人にとって優しい音楽だった。もしかしたら、もう少し攻撃的なほうが相手チームを威圧するにはいいのかもしれないとも思った。しかし、家族連れも多く、老若男女が揃ったこの雰囲気にはとてもマッチしていた。

もちろん、これだけの人数が揃うと、相手チームには脅威になるのかもしれない。しかし、浦和レッズのサポーターは自分のチームを愛しているだけで、脅したりする気持ちはあまりないのではないだろうか。少なくともぼくはそう感じた。

アーレオー アーレオー アーレオーレーアーレーオー
アーレオー アーレオー 俺たちの浦和レッズ
浦和レッズ 浦和レッズ 浦和レッズ 浦和レッズ……

(これは別の日の動画だけど。)

浦和の猛攻は続くが、どうしても得点には至らない。そんな追い詰められた状況下でも優しいチャントが響き渡っていた。

「俺たちの浦和レッズが勝つことを、俺たちは最後の最後まで絶対に疑わない!」

力強いメッセージを感じた。選手達としても、叱責されたり罵倒されたりするよりも余程力になるのではないだろうか。

そして、何度目かの決定機、相手のクリアミスと思われるボールを興梠が受けてシュートした。

ゴール!!!!!!

沸き立つスタンド、大騒ぎが始まる。前の席にいたお姉さんが後ろを向いて、ハイタッチを求めて来た。応じようと思い、手を伸ばそうと思ったとき、審判が不思議なアクションをするのが見えた。

あれ? これは……

ぼんやりとグラウンドを眺めるぼくをみて、その女性は怪訝な顔をしてそっぽを向いてしまった。そして、そのすぐ後に、ゴールは取り消されてしまった。オフサイドだったらしい。

サッカーでは審判の判定について、観客に説明されることはない。現場では誰も状況がわからなかった。その幻のゴールは後半の89分のことだった。ようやく追いついたと思ったにもかかわらず、ゴールが取り消されてしまったのだ。これは本当に辛いことだった。

もう時間がない……

しかし、後からゴール裏の音声を聴いていて気付いたのだが、幻のゴールが決まった後もチャントが途切れることはなかった。歓声で若干聞こえづらいが、太鼓の音も途切れることはないし、歌も途切れていなかった。もしかしたら応援の中心になっている人はゴールしていないことに気付いていたのかもしれない。

そして、すぐに前と同じように大合唱が始まった。もう時間はなかった。残されたわずかな時間で俺たちの浦和レッズが決めてくれることを信じるしかない!

雨が強まってきた。
刻一刻と敗色が濃厚になっていく。そんな時に、パスミスでボールを失ってしまった。それでも、応援の歌声は途切れなかった。

しかし、残酷にも試合終了の笛が鳴った。

柏レイソルの優勝が決まった。

金色に輝く紙吹雪が噴き出す。歓喜する柏レイソルの選手達。喜びに打ち震える反対側の黄色いスタンド。

DSCF6886

一方浦和のほうをみると……

森脇は全ての力を使い果たしたようにゴール前に座り込んだ。
槙野は力なく寝転んだ。浦和レッズは負けてしまった――

負けてしまったという現実が突然ゴール裏に襲いかかる。健闘した選手や相手チームに対して拍手したり声援を送ったりすることなく、ただ静まりかえった。

もしかしたら、こういうところが他のチームのサポーターからすると見苦しく見えるのかもしれない。しかし、これは仕方がないことだと思う。ついさっきまで、試合が終了するその瞬間まで、何の疑いもなくチームの勝利を本気で信じていたのだから。現実を受け入れるのにも時間がかかるのは無理もないことだ。

ゴールを取り消された後ですら声援を送り続けていたゴール裏が悲しい沈黙に包まれた。ぼくは、涙が止まらなくなった。負けてしまった。あんなに果敢に攻め続けたのに、どうしても点が取れなかった。浦和レッズはこんなにも愛されているチームなのに、最後には勝てなかった。

サポーター達は雨の中、呆然と立ち尽くしていた。

ぼくもわけもわからず涙でグチャグチャになってしまったのだが、気を取り直して家路についた。途中、どういう文脈か忘れてしまったが審判団が紹介されたときに巨大なブーイングがあった。これは見苦しいといえば見苦しいし、非難する人がいるのもわかる。しかし、あのゴールを取り消されたことによるダメージはとても大きかったから、あのブーイングは心情的には自然なものだったように思えた。

帰り道、とても切なくなった。

浦和レッズのサポーターは暴力的でもなかったし、特殊な人の集まりでもなかった。あまりにも普通で、あまりにも平凡で、ありふれたものだった。それは、世界中にいる人々が恋人や家族を愛しているのと同じものだ。それはただの愛情に過ぎないのだ。どこにでもあるものなのだ。

冒頭に何人もの人から「是非浦和を観に来て欲しい」と誘われたことを書いた。それはそうだ。自分が愛して愛して愛して止まないものを、誰かに見て欲しいと思うのは極めて自然な心情だ。そして、出来ることなら「素晴らしいね!」と褒めて欲しいことだろう。帰り道になってようやくわかった。

なんだかよくわからないけど、涙が止まらなかった。雨だし、傘もなかったので、濡れるままに任せて駅まで歩いて行った。

帰り道、浦和レッズサポーターたちの話が耳に入った。

「今日負けちゃったから、あとリーグ戦落とすと辛いね……」
「頑張らないとね。」

相変わらず乱暴な言葉は聞こえてこなかった。

最後に

浦和レッズのゴール裏を最初は恐れていたのだが、全く恐れる必要がなかったようだ。もちろん、中心地で真面目に応援しないことなどがあると摩擦が起こるかもしれないが、それはどこのチームでも同じ事だろう。

人が多すぎたり、場所取りが大変だったりという事情もあるので万人に勧めていいものかはよくわからないが、危険な場所という印象はほとんど受けなかった。

しかし、この記事の前半にも書いたように暴力的な行動を起こすサポーターもいるのは事実なのかもしれない。そこをどうしていくのか、仕方がないものとして放置するのか、自分たちで何とか変えていこうと思うのか。そこは、浦和レッズというチームやサポーター達の問題だし課題なんだろうと思う。これは、浦和レッズだけの問題ではなくて、日本のサッカークラブがみんな考えなければいけないことだろう。

ナビスコカップの決勝戦、1試合を通じて応援してみた結果、ぼくは浦和レッズのことがとても好きになった。この文章を読むと怒るサポーターもいるのかもしれないが、ぼくなりに愛情を込めて書いたものだということだけは何とかわかって頂きたい。

そして、これを切っ掛けにぼくが浦和レッズのサポーターになるわけではない。正直言って浦和レッズのことを応援したい気持ちもかなり強く生じた。しかし、サポーターになって毎回スタジアムに行くというのとは少し違うような気がしている。

許されるならまた行ってみたいと思うし、埼玉スタジアムも行ってみたい。しかし、多分ぼくには、浦和レッズサポーターの方々と同じようには浦和レッズを愛することは出来ないのではないだろうか。ぼくなりに声援を送ることはできるかもしれないが、生粋の浦和レッズサポーターとは異質なものになってしまうような気がする。

――

浦和レッズという存在が、人生の中に存在していることで、どれだけ多くの人が幸福になっているのだろうか。「俺たちのチーム」を心の底から愛し、毎日毎日そのことばかり考えて、同じ気持ちを共有できる仲間がたくさんいる。この状態を幸せと言わずに何と言うのだろうか?

これは浦和レッズだけではなく、他のJリーグチームサポーターも同じことだろうと思う。

ぼくは、この日を境に一層Jリーグが好きになったような気がする。

この日誘ってくれた皆様、Twitterなどで浦和レッズについて色々教えてくれた皆様、フットサルに参加してくれたAさん、この日ぼくに親切にしてくれた浦和レッズサポーターの皆様、本当にありがとうございました!!

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