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Jリーグ サッカー論

石川直宏がアクセルを踏み込んだ時、何かが起こりそうな予感がした。

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2015年ホーム開幕戦、FC東京vs横浜F・マリノスを観戦した。

しょっぱい試合とか、塩試合とかいうような表現があるが、その最たるものであった。攻撃には積極性が生まれず、守備も不安定だった。権田のスーパーセーブがなかったら、0-0のスコアレスドローに持ち込むことすら出来なかったであろう。

さて、試合後に飛田給にある居酒屋で飲んでいた時、サッカー仲間のザックさんから唐突に聞かれた。

「ところで、しんちゃんは、FC東京だと誰が一番好きなの?」

「うーん……好きな選手はたくさんいますが……今一番好きなのは石川ナオですね」

おおそうかそうか、と頷いていたザックさんは、だいぶお酒を召されていたのでその事は覚えていないかもしれないが、帰り道に何度も思い出した。

ぼくは、石川直宏と答えたのだろうか。

FC東京を長く応援している人なら、色々と理由はあるだろうと思う。しかし、ぼくの場合は観戦歴はせいぜい1年半くらいしかない。そして、そのうちの大部分を、怪我で欠場していたこともあり、ピッチ上を駆け回る石川直宏を応援したことは、数えるほどしかないのだ。

どうして、石川直宏なんだろうか。
好みの問題だから、何となく好きというだけでも差し支えはないことではあるが、一歩踏み込んで考えてみた。

しかし、簡単には答えが出なかった。誰かを好きになるというのは、それほど単純な感情ではないようだ。

3月18日水曜日。

ナビスコカップ予選が行われる日であったが、破裂しそうなほど仕事が忙しかった。地上波で『サポーターをめぐる冒険』を紹介して頂いたことを受けて、日々のタスクが倍増していた。忙しいのは暇よりはずっといい。とてもありがたいことだが、ストレスを感じるのも事実だ。

なぜなら、一番優先するべき、書籍用の原稿を書くという仕事が全く進まなくなっているからだ。

正直言って行き詰まっている。
本を書くのは楽しくもあるが、怖くて苦しくもある。
でも、勢いをつけてやり通さないといけないのだ。

しかし、どうしてもアクセルが踏み込めない。
勇気が足りない。

今現在はうまくいっているように思えるが、往々にして好事には魔が潜んでいるものだ。油断は出来ない。人生一寸先は闇。特に自分のようなフリーランス稼業にとっては、何が起こるか全く予想がつかないし、その全てについて自分で責任を取らないといけない。

今日の試合を観戦するのは諦めて、夜まで仕事しないといけないなと思った矢先、とある情報が飛び込んできた。

FC東京の先発メンバーに、石川直宏の名前があったのだ。

「ナオ!!!出るのか!!!」

そう叫ぶや否や、上着を羽織り、鞄に荷物を投げ込んだ。そして、5分後には家を飛び出していた。とてもじゃないが、自宅で座ってなんかいられない。気づいたのが早くて良かった。試合には何とか間に合う。仕事の方はどこかで帳尻を合わせよう。

味の素スタジアムに到着し、バックスタンドの1Fに座ることにした。少し座って待つと、試合が始まった。

ナビスコ杯予選
FC東京 vs アルビレックス新潟

KICK OFF!!

アルビレックス新潟というと、昨シーズンの試合を思い出してしまう。一言で言うと、レオシルバにやられた試合。レオシルバの研ぎ澄まされたサッカーセンス、絶大な才能を目の当たりにして、悔しいを通り越して、清々しい気持ちにすらなったほどの完敗であった。

優勝の期待をうっすらとしながら始まった今シーズンではあったが、開幕戦はなかなか歯がゆい試合であった。今日の試合も正直言って嫌な予感がする。

それでも、石川直宏なら何かを変えてくれるかもしれない。そんな予感、いや期待があった。だからこそ、仕事を放り出してでもスタジアムに駆けつけたのだ。

しかし、なかなかうまくいかないものだ。開始早々に左サイドの隙を突かれて、失点してしまった。これは嫌な予感がする。しかし、そんなときこそ応援をしなければいけない。

バックスタンドなので、大声を出すような応援はせず、強く念じた。バックスタンドから参加できる応援がもっと豊富にあるといいとは思う。ゴール裏の声は遠く、チャントを歌える雰囲気ではない。これは、スタジアムを盛り上げるための重要なテーマとして抱えつつ、今期はバックスタンドでの観戦を増やすつもりである。


さて、試合の展開は芳しくなかった。
連携ミスからのボールロストなど危なっかしいミスが続く反面、チャンスらしいチャンスがなかなか訪れない。

唯一の好材料は、中盤で多くの役割を担っていた、東慶悟の輝きが次第に増していったように思えたことだった。

東の「置いてくるような絶妙なスルーパス」に走り込んだ石川直宏が、強力なシュートを撃ち込んだシーンは非常に良かった。もう一つ、石川直宏が縦にドリブルしていって自ら撃ったシーンも良かった。しかし、惜しくも防がれてしまった。

シュートチャンスがなければ得点は出来ない。久々に「シュート撃て!シュート撃て!」のコールが流れるのを聞いた。頼みの武藤嘉紀も、何とも煮えきらず、決定的な活躍が出来ずにいる。ある程度研究されてきているのかもしれない。

こういうのは「いたちごっこ」だから、今の守り方を崩せるように、工夫するしかない。武藤は、時間をかけて考えればそれが出来る選手だと思っている。だから、どこまでも伸びていくだろう。それは本当に楽しみだ。

さて、良いところがなかった前半が終わった。ぼくは、一人「うーん……」と呟き、座ったままずっとピッチを眺めていた。すると、シュート練習に前田遼一が出てきた。その間、ゴール裏からは前田遼一のチャントが聞こえてきた。

チャントを聞いて前田が何を思ったかはわからないが、なかなか味わい深いシーンだった。

後半が始まった。似たような展開が続いたが、三田啓貴と羽生直剛が交代した少し後のことだった。

後方からのパスを中盤で受けた石川直宏が、ドリブルを始めた。

「ナオがアクセルを踏んだ!」

この瞬間がとても好きだ。走り出した姿を見ると、何かが起こりそうな期待感に包まれる。ワクワクしてくるのだ。

身体を少し前に傾けて加速する、少し身体を起こして減速する。このスピードのコントロールだけで、石川直宏は新潟のディフェンス陣を切り裂いていった。

そして、左足から放ったシュートが、音もなくゴールに吸い込まれていった。

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!

バックスタンドの観客は、その瞬間全員立ち上がり、拳を突き上げた。

何だこれは。何というシュートだ。

正直、器用に狙ったゴールではない。ディフェンスの隙間を見つけてドリブルしていき、辿り着いたところから、大ざっぱな狙いをつけて強く蹴り込んだ、というような類いのシュートだ。ゴールを決めたい、試合に勝ちたいという気持ちだけで決めたようなゴールだった。

石川直宏のシュートが突き刺さった瞬間、何かが変わった。

石川直宏は、ぼくよりも12日早く生まれている。ほぼ同じだけの時間を、この世で過ごしてきている。しかし、言うまでもなく、ぼくは石川直宏ほど格好良く生きていない。惨めで貧相で、ベンツにも乗れそうにないし、そもそも似合いそうもない。

石川直宏みたいになりたい。
あんなに速くピッチを駆け回って、シュートをねじ込んだら、どんなに気持ちがいいのだろう。
サポーターから大声で声援を送られたら、どんな気持ちになるのだろう。

そうは思うが、とても達成は出来ない。
この世のどんな成功も、この日の石川直宏のゴールには及ばない。
これは本気で思っている。

ナナナナナナナナ 石川ナオー
ナナナナナナナナ ナオゴール

幸せな歌声が味の素スタジアムに響き渡った。

その後、守備の危なっかしさは変わらなかったが、林容平がファールをもらい、自らPKを蹴り込んだ。
その後何度か怪しい守備があったものの、何とか逃げ切り勝利を飾った。今シーズン初勝利だ。

林容平のゴールは感慨深い。
昨年は別のチームに移籍していたのだが、その前の年、つまり2013年に印象的なゴールを決めた。
そのゴールが何であったかは、『サポーターをめぐる冒険』に思い入れを込めて書いた(第15節 東京からメリークリスマス)。

あの時の林がまた決めてくれた。あの時は誰なのかよくわかっていなかったが、今は心から喜びを噛みしめることが出来る。
そして、その時グラウンダーのクロスを上げたのが石川直宏だった。

そして、石川直宏が最後に決めたゴールについて考えると、それも2013年のことだった。
ブーイングと野次が飛び交う絶望的な試合、日立台で行われた柏レイソル戦でのゴールだ。

ぼくは、あれを目の前で見ていた。日立台だから、本当に目の前で見えるのだ。
地獄のような試合であり、石川直宏のゴールだけが唯一の光明だった(第11節 日立台へ行こう)。

あれから1年以上、石川直宏はゴールを決めていなかったのだ。

京王線に揺られながら考えた。
1年以上ゴールを決められない、出場すら出来ないというのはどういう気持ちなんだろうか。
そして、暗闇を抜けて、ゴールを決めた時、勝利を奪った時の気持ちはどんなものだろうか。

聞いてみないとわからないことだし、聞いたところでよくわからないかもしれない。
しかし、何となく想像することは出来る。

石川直宏のサッカーには人生を感じる。

ただ単にボールを追いかけているのではない。自分の全存在を賭けて、全力で勝負している。そう見えるのだ。

ピッチの上で、石川直宏が輝くと、その光でぼくの人生も照らされたような気持ちになる。

たた単に一点を加えたことではなく、相手チームに勝利をしたことでもない。
あのゴールからぼくが得たものは、もっと大きな何かなのだ。

もっと頑張らないと……
スランプだとか、うまくいかないとか、そんなことを言っている場合じゃない。

戦うべきピッチがあるのだから、走れなくなるまで走ろう!!

思い切り駆け出して、ゴールが見えるところまで行く。
ゴールが見えたならば、全力で蹴り込む。
それだけでいい。

どうして好きなのか。
うっすらと言葉に出来るようになってきた。

石川直宏はサッカー以上のものを与えてくれる選手だから。

 


おまけ
「林容平のPKとバックスタンドの観客」

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