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スポーツビジネスとはカッコいい仕事【メリットとデメリットを問う】

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この記事は2013年8月15日に公開した記事『スポーツビジネスのメリットはカッコいいこと』を若干修正して、後半に大幅な加筆をしたものです。

2013年8月の時点では、物書きとしても、スポーツ関係者としてもド素人でした。しかし、2014年以降は、サッカーサポーターについての書籍『サポーターをめぐる冒険』を出版したこともあり、スポーツメディアの中の人という扱いを受けることも多くなりました。

なので、後半の加筆部分は吸いも甘いも知った後に書いたことになります。

※以下2013年、執筆部分。

スペインサッカーの巨人 レアルとバルサの例

世界一のサッカーチームはどこかと議論するのは楽しいものの、客観的な基準を持って決めるのは難しい。ただ、財政規模でいうとレアル・マドリードとFCバルセロナが1,2位を争っている。スペインの2チームは、サッカー界では群を抜く巨人なのである。

サッカーチームの実力は年俸総額によってある程度計ることができる。何故なら、スカウティングが発達しているため、良い選手ほど高い値が付くからだ。

つまり年俸1億円の選手のほうが、年俸1000万円の選手よりも活躍が期待できるのだ。もちろん実力のある選手を安く雇うことも出来るのだが、数年後には高騰してしまうので同じことだ。そのへんの差額を利用して、安い選手を育成して売るという「育成型クラブ」というやり方もある。

とにかく、サッカークラブが強くあり続けるためには財政規模が大きい必要がある。そして、レアル・マドリードとFCバルセロナの2チームは年俸総額が150億円を超えている。

2011-12シーズンのJ1全チームの年俸総額が約100億円であることを考えると、圧倒的な財政規模を持ったクラブであることがわかる。

面白いので、蛇足を加えるとメッシの年俸は約16億円(広告収入などもあるので年収はもっと高くなるが)。これは、浦和レッズと柏レイソルの全選手を足したのよりはちょっと少ないくらいだ。

メッシ1人にレッズの選手全員よりも金銭的な価値があるというと、レッズサポーターは怒るかもしれない。しかし、これは事実なのだ。対抗するためには、日本のクラブがもっとお金を出せるような仕組みを作るしかない。

日本独自の戦術で対抗するという手段もあるかもしれない。しかし、戦術はあっという間に真似されてしまう。あるいは研究されて攻略されてしまう。優位性を保つには、才能ある選手を保持し続けるしかなく、そのためにはお金が必要だ。

世知辛い話だが、とにもかくにもお金が必要なのだ。

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スポーツビジネスの経済規模は小さい

スポーツ業界は儲かるようで儲からない。

何十億円というお金が飛び交う華やかな世界には見えるが、そもそもそれはサッカーにしては景気がいいという話であって、経済界においては非常に小さな規模感なのである。

FCバルセロナでさえ、年間の売上高は400億円程度である。

今、比較するために日経の資料を見ていて、不思議な気持ちになった。日本のTOP100の企業は、売上高が1兆円を超えている。見慣れぬ数字なので何度も見直す羽目になったが、何度見ても確かに1兆円を超えている。

日本100位の企業でもバルサの25倍の規模があるらしい(もちろん、売上高だけで単純比較はできないが)。

ついでに調べてみたら、釧路の魚市場の売上高は200億円くらい。バルサには届かないが、浦和レッズ(40億)の5倍もある。

根室市にある魚介類の卸売り業者が浦和レッズと同じくらいの規模だった。

これは、サイモン・クーパーが書いていることを日本の企業に置き換えてみただけなのだが、スポーツビジネスの規模の小ささは一目瞭然だ。売上が小さい上に、そのほとんどは選手のサラリーとして消えていく。

つまり、選手や、せいぜい代理人だけが大儲けをして、スポーツの周辺にいる人はお金や労働力を吸い込まれていく。1億円の年俸で選手がプレーしているのに、クラブの社員は年収300万円で昼も夜もないようなブラック労働をしているのだ(クラブ社員の給料は詳しく知らないが、高くはないことは確か)。

それはFCバルセロナであっても同様で、純利益は2009年が9億円、2010年はマイナス80億円。とてもではないが、サッカーでぼろ儲けしているとは言えない。

このあたりのちゃんとした分析が読みたい人は、是非サイモン・クーパーの名著を手にとって頂きたい。統計学と経済学の見地から、サッカーと社会、そしてビジネスについての考察をしている。

「ジャパン」はなぜ負けるのか─経済学が解明するサッカーの不条理

スポーツビジネス最大のメリットはカッコいいこと

スポーツビジネスの魅力は収益性にはない。

ビッグマネーが欲しい人が来る業界ではないのだ。少なくとも、スポーツ関係者は大金持ちにはなれない。一部の選ばれた選手だけが、スポーツビジネスの稼ぎを総取りする仕組みになっている。

もちろん、スポーツビジネスで稼ぐ人もいる。しかし、そのレベルのビジネスセンスがあるのであれば、他の業種で同じことをしていたらもっと大きな収入が得られた可能性が高い。他では全然稼げない人が、サッカーという競技の恩恵を預かって稼げるということはまずないはずだ。一流選手や、コネクションによって利権のあるポストについた人を除いて。

この話を考える切っ掛けになったのが、スペインバスケを考える会の会場になったバンタンデザイン研究所。そう、ファッション関係の専門学校が会場だったのだ。どうしてなのだろうかと首を捻っていたのだが、2014年からスポーツビジネス関係の専門学校を開校するとのこと。

Vantan Sports Academy

そのプロモーションも兼ねて、スポーツ関係の講習会を精力的に開催しているようだ。強みであるデザインのノウハウを活かして、スタイリッシュなイメージを押し出すマーケティングなどについて学べるらしい(もちろん、それだけではないだろうが)。

バンタンの方に話を聞いてみると、「スポーツ業界で働くことに厳しさ」を十分認識した上で、自分だけの強みを持って働くことの重要性を語って頂けた。

デザイン性を高めていくことは、ブランド力を高めることにも繋がっていくだろうと思う。すると、スポンサーがついたり、グッズが売れたりする。お金が集まれば良い選手を獲得することができるのでチームが強くなる。良い方向に物事が回っていく。

カッコいいことはとても大切なことだ。

スポーツ業界で生きる最大のメリットは、カッコいい世界、憧れる世界、子供が夢見る世界で仕事ができることだろう。

上述の通り、ビジネスとしての規模は小さいため、ビッグマネーを手にできる可能性は低い。しかし、満足する人生を送ることはできるかもしれない。やりがいは搾取され続けることだろう。それでも、搾取されたとは思わずに、自分が心から望んだことのために消費したと考えられるかどうかが、幸福になるかどうかの分水嶺だ。

スポーツは、人間を裕福にはしないが幸福にすることができる。スポーツ業界で働くことで幸福になる人がいるなら、それは素晴らしいことだ。

しかし、憧れだけで入ってきても仕事はない。ビジネスの規模が小さいので仕事の数も多くない。そのうえ、際立って有能であることが求められる。それが大手の公企業であれば、無能であっても何らかのポストは与えられるだろうし、仕事があまり出来なくても不祥事を起こさなければ首にはならないことだろう。

スポーツ業界は、非常に小さいパイをやりくりしないといけない。より正確に言うと選手たちが9割方食べ尽くしてしまったパイでやりくりしないといけない。だから、スポーツ業界で働くためには、何らかの能力が非常に高いことが求められるわけだが、金銭的には報われない。

だから、自分に誇りを持って働けているかどうかと、それによって幸福を得られるかどうかが重要だ。

※ここまでが、2013年に書いたもの。読みやすくなるように加筆はしているが趣旨は変えていない。以下は、2018年11月に書いたもの。

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スポーツビジネスと利権について

コネクションと利権については確実にある。しかし、そもそものパイが小さいので、ごく一部の人しかその利益を得ることが出来ない。そして、利権によってスポーツに関わっている人は、スポーツが大好きで関わっている人よりも熱量が低く、知識も足りないため、常に強烈な批判にさらされる。

それに耐えられるだけの厚顔無恥な性質や、一般のサッカーファンでは到底勝てないくらい確固たる信念と愛情を持つ場合を除いて、幸福な人生は歩めないのではないかと思っている。

スポーツ系の協会は、外部監査もなく、潰れることもないため、利権の独占になることも多いし、腐敗していくことも多い。なんとか協会という言葉を聞いたら、「また不祥事か?」と思うのはぼくだけではあるまい。

そんなドロドロした場所に居続けるのが幸福かどうかというと、ぼくはそうは思えない。これは個人の問題である。と、同時に、その利権を自分が得られるわけではないので関係ない問題でもある。

関係ないとは言いつつも、協会の上層部が、そのスポーツの最新知識を得ていなかったり、選手よりもOBである自分たちのほうが格上であるかのように振る舞ったり、パワハラをしたり、セクハラをしたり、国際的な舞台で恥を晒したりしているのを見ると、情けない思いになることもある。

スポーツ界でトップに立つべき人は、そのスポーツの利権をずっと享受してきた人ではない。

そういった類の人は積極的に退場して頂いて、別の業界で華々しい成果を出しながらも、人生の残りを大好きなスポーツのために使いたいと思うような人を引っ張ってくるべきなのだ。もちろん、功労者にはそれなりの待遇はあってもいい。しかし、最上位に位置させるべきではないし、決済権も限定的にしたほうがいい。

その結果、スポーツの伝統が崩されるという弊害もあるかもしれない。相撲や剣道などの、日本国内の歴史や文化と強くリンクする競技の場合はよくよく考える必要がある。こういったものの場合、保守的で何もしようとせず、反対ばかりする者がいたとしても、長い歴史を考えればプラスに働く可能性はある。

古きを続けることに価値が出るかもしれず、国際的な競争をする必要がないからだ。

一方で、サッカーのような高度に国際化された競技の場合には、伝統にしがみつく必要など一切ないし、国際的な競争力を高めることが常に求められる。だから、実績のある優秀な人が、トップに立つことの意味は大きい。

ただ、ここで言うのは簡単だが、どういう人を持って優秀だと判断するのか、誰がどうやって決めるのかなどは難しい問題だ。決して一足飛びには決められない。誰かに任せればいいというものでもないし、自分だけが頑張ってどうこうするものでもない。

大事なのは、スポーツにあこがれて育った自分たちの世代が、より良いスポーツ環境を次世代に残せるように常に考えることであり、同じような志を持つ者と連携することだ。一人や二人では力にならない。また、スポーツを反映させることよりも、自分が稼ぐことに注力するものも戦力にならない。

と、同時に、スポーツについて力を尽くしながらも、十分に幸福を感じられるレベルの生活が出来るようにお金の流れを整えることも大切だ。これがスポーツビジネスなのである。

不動産投資ビジネスとか、FX投資とか、あるいはネットワークビジネスのようなものとは大きく違う。

儲けたいのが自分なのか、あるいは自分を育んでくれた社会が儲ければいいのか。この差はとても大きい。

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スポーツ業界に入りたい若者はスポーツ業界に入るな

上述してきたように、スポーツ業界に入ると、小さなパイを奪い合い、それによって何とか生計を立てる生活が待っている。ビジネスとしての規模が小さいのだから当たり前の話なのだ。名前だけは知られていても、一流企業とは待遇が大きく異なる。

また、土日が潰れることが多い。スポーツは「見世物」である。より多くの人に見せて、入場料を得たり、放映権料を獲得したり、スポンサーから広告費という形でお金を入れてもらう必要がある。そのためには、多くの人が暇をしている休日に働かなければならない。

暇といったがこれが真実だ。

一般の人にとってスポーツなど暇つぶしなのだ。
だから、忙しくなったら見なくなる。あるいは、家計が厳しくなったら真っ先に切られる。

もちろん、自分の人生よりもスポーツのほうが大切だという境地に達して、食費や家賃よりも優先してスポーツにお金を使う人もいることだろうが、それは少数派だ。多くの人にとって、見るためのスポーツは余暇であり、あると楽しいし幸せだけど、なくなってもいいものなのだ。

そして、さらに世知辛いことに、人々は人気競技の一部のスーパースターだけに関心を払う。そこだけにお金を払う。日本代表のユニフォームは馬鹿売れするかもしれないが、Jリーグのユニフォームを買うのは一部のサポーターだけだし、下部リーグになっていくとサポーターの数も減っていく。

本田圭佑選手のように圧倒的な知名度を使ってビジネスを続けていく場合もあるが、これはあくまでも例外なのだ。日本代表の英雄であり、現役のうちからどれだけ批判をされても全力でビジネスに取り組む覚悟があったからこそ出来るのであって、普通の選手には出来ない。あくまでも例外だ。

「いや、自分なら何とか出来る」とスポーツ業界に飛び込んだところで、待っているのは圧倒的な雑用だろう。華やかな仕事はすべて選手がやる。雑用の若者にスポットライトが当たることはそうそうない。

「スポーツ業界に入りたい」という若者に会うことはそれなりにある。そんな時周りの人たちはいつもこういったアドバイスをしている。

「他の業界で何かを身に着け、成果を出してからスポーツ業界に入るほうがいい」

もっと踏み込んだ意見もあった。

「広告業界、出来れば電通か博報堂に入って、大きなお金の引っ張り方を身に着け、様々なコネクションを作ってからスポーツ業界に入ったほうがいい。」

実際のところ、スポーツビジネスというのは、ビジネスとしては非常に単純なのだ。

入場チケットやグッズを売ることと、スポンサーからお金を引っ張ってくること。この2つが大きな軸になっている。入場チケットについても価格や席種の区別、広報などの努力は必要だが、席数が限られている上、天候などの不確定条件に左右されるため、なかなか難しい分野だ。

一方で、スポンサーからお金を引っ張ってくる、あるいは、お金を出してもらった分の貢献をスポンサーにしていくという仕事に関しては、上限はない。理論上は、年間何億円でも、何兆円でも集めることは出来る。

正直ぼくにはわからない世界なのだが、こういったノウハウを持っていたり、大きな会社の営業部長さんと懇意にしていたり、エグゼクティブが集まる高級飲み屋さんの常連であったりすることで、クラブに多額のお金を引っ張れるかもしれない。

それは、個人が頑張って雑用するだけでは絶対に届かない世界だ。

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スポーツビジネスとはスポーツで儲けることではなく夢を紡ぐこと

ぼくは巨人軍のエースで4番になるとある程度本気で思ってたし、何度も何度も妄想した。しかし、どこで気付いたのだろうか。到底スポーツ選手にはなれないなと思わされる羽目になった。それは、学校の体育だったのか、放課後の草野球だったのかは覚えていない。

少しずつ、でも確実に、自分は選ばれし者ではないことがわかっていった。そして、目の輝きは少しずつ失われていった。ホームランを打つ妄想も、いつの間にかなくなった。

その後Jリーグブームが訪れ、サッカー選手になることも夢見た。しかし、足は遅く、リフティングは何度練習しても20回くらいしか出来ない。その華やかな夢は半年くらいしか持たなかった。

本当は、巨大なライトにキラキラと照らされたスタジアムで、多くの人に注目されながらプレーをしたかった。活躍が新聞に載り、みんなが自分の活躍について噂し、父と母が誇らしそうに試合を見ている。そんな世界を望んでいた。

しかし、それは不可能だった。起こりえない未来だったのだ。どれだけ努力をしても、何度転生してやり直したとしても、ぼくはスポーツ選手にはなれなかっただろう。それでも、努力すれば2流か3流の選手にはなれたかもしれない。

だけど、ぼくはそこまでスポーツに人生を捧げられなかった。夢は潰えて、かき消えた。

大人になった今、スポーツを観戦したり、スポーツについて語ったりすることがある。その裏には、少年だった自分の潰れてなくなった夢がある。いや、なくなってはいないのかもしれない。それは夢の世界ではまだ生きている。

だからこそ、スポーツには価値がある。絶対に意味がある。

スポーツ選手は、身体の操縦能力が高く、いかなるプレッシャーにも打ち勝っていくスーパースターだ。そういう存在がいてくれたことで、ぼくの人生は何度救われたことか。

2018年の夏は、ニコ生公式でロシアW杯の解説をさせてもらったのだが、その時本田圭佑選手について批判的であったことから、アンチ本田ライターだと叩かれたものだ。

予想に反して活躍したので、謝罪をしつつ本田ユニフォームを、もちろん自腹で購入するという事案もあった。

そんなぼくではあるが、人生の一番つらい時期を救ってくれたのは、本田圭佑選手のFKであった。南アフリカの例のあれである。

スポーツには間違いなく何らかの力がある。人生を助けてくれる力がある。だけど、ぼくは、スポーツの主役にはなれなかった。選手にはなれなかった。プロにもなれないし、W杯にも出れない。プレーすることがお金を稼ぐことも難しいだろう。

だけど、スポーツがあることで、誰かを助けることが出来ることはよく知っている。何度も何度も助けてもらったことがあるからだ。スポーツを通じて仲間ができることも知っている。ぼくの友人のほとんどがバスケ仲間かサッカー仲間なのだ。

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スポーツビジネスとはスポーツで儲けることではない。

スポーツビジネスとは、スポーツに従事する場にお金をまわす方法を必死に考えることだ。条件は決してよくない。石油は温泉が湧いてくるわけでもないし、食料や医療のように生活に不可欠なものでもない。

吹けば飛ぶような不要な存在であるスポーツを、華やかに演出して、それによって社会が幸福に包まれるようなロジックを構築し、大人たちを説得して理解を得たり、お金を引っ張ってくることで、何とか保とうとする。そういった試みをスポーツビジネスと呼ぶのだ。

スポーツビジネスとは、スポーツで稼ぐことではなく、スポーツが成り立っていくように補助することなのだ。そして、そのためには大人の力を使ってお金を稼ぐ必要がある。

この順序を間違えてはいけない。

お金を稼ぐことが目的の人は、絶対に他の業界に行ったほうがいい。スポーツなどのエンタメ業界でなければ他のなんでもいい。

スポーツビジネスとは、見知らぬ誰かを救ったり、知らないどこかの少年が夢を育んだりする場を保つために力を尽くすことだ。個人として効率よく稼ぐための概念ではない。

志のないものは必ずすぐに撤退する。逆に言うとスポーツ業界で仕事をしている人には夢があり、志がある。そういう傾向が強い。

だからぼくはスポーツ界隈の人と話すのが好きだし、スポーツについて書いたり喋ったりするのが好きだ。スポーツマニアやヲタクではないから選手の名前には詳しくないが、そういう愛し方もあるのだ。

そういった生きてきたし、そうやって死んでいくことだろう。

その中で、少しでもスポーツに貢献したい。同時に、スポーツに貢献することばかり考えて自分が稼ぐための仕事を見失わないように、強く自戒したい。

もうひとつ大事なことがある。

スポーツには人を魅了する力がある。人を引き寄せてくれる。だから、やる気のある若者が引き寄せられて来ることはある。「お金はいらないのでやらせてください!」ということもあるだろう。

しかし、大人として強く自戒したい。若者は無料で使ってはいけない。それは人生から何かを奪うことにつながる。いわゆるやりがいの搾取だ。

もしボランティアなどで人手が必要なのであれば、若者にどれだけのものをバック出来ているかを常に考えなければいけないし、それを公にして告知する義務すらあるのではないかと思っている。

そして、いい大人が、スポーツについて大きな動きを見せるのであれば、人が無償で動いてくれることからこそ成り立つような貧弱なモデルは作るべきではない。スポンサーを探すなり、有償コンテンツを作るなりして、人件費を払う意識を持つことが重要だ。

それが出来ない人は、スポーツビジネスが出来てないということであり、大きな顔をするべきではないと思っている。あくまでもボランティア組織のとりまとめであって、スポーツビジネスは出来ていないからだ。

ぼくの知りうる限りではあるが、他人を無償で働かせることを前提の組織には、揉め事や諍いが耐えない。無償で何かをしてもらうと、別れ際に揉めることが多いのだそうだ。無償でやる分何らかのメリットを見出して参加するのだが、事前に契約しているわけではないので望まない結果になることも多い。

お金を介した仕事であれば、お金を払えば解決するが、心意気とか善意を前提にすると揉め事になる。

お金をきっちりとして、少額になったとしても報酬を払って、仕事として取り組んでもらうことが、次の世代に良いスポーツ環境を残していくためには大切だ。

というわけで、noteでスポーツ旅に特化したマガジンをやろうと企画しているのであるが、これは絶対に有料じゃなければいけないし、報酬は用意しなければならない。

無料で始めるとしたらキャッシュポイントをいくつか想定しておく必要があるし、少額になったとしても自腹を切ってでも報酬を払うべきだろう。

スポーツビジネスという言葉を盾に他人のやりがいを搾取してはならない。

スポーツビジネスとは、未来に夢をつなぐための試みなのだ。

まとめ、 スポーツビジネスに関わる上でのメリット デメリット

メリット

  • カッコいい
  • 知り合いに自慢できる
  • やりがいが感じられる
  • 華やかなイメージ
  • 憧れの選手などとも縁が出来る
  • デメリット

  • あまり金回りのいい業界ではない
  • 給料が上がりづらい
  • 待遇はもっとひどいこともある
  • 油断するとやりがい搾取をされる
  •  

    結論
    スポーツについて関わりたい若者は、上にいる人の人格や志をよく調べた上で、ちゃんと給料を払ってくれるか、自分の未来のことを考えてくれるかを考えよう。

    スポーツビジネスをしたい大人は、大儲けすることよりも持続的なビジネスを展開して社会貢献を出来るかを考えよう。若者に人件費などの報酬をちゃんと払おう(払えないならスポーツビジネスじゃなくてスポーツボランティアをしていると名乗ろう)。

    書いた人
    スポーツ系の話題は大歓迎なので是非話しかけて下さい!

    中村慎太郎 (@_shintaro_

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