ブロガーから作家になってブロガーに戻った人のブログ

はとのす 

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雑記ブログで収入を得るには何を書けばいいのか。愛よ、キーワードを超えていけ!

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雑記ブログは商業型ブログに比べて収入にはしづらい。ブログで収入を得るためのシステムを知っている人なら自明であろう。このシステムについては、この記事でも若干触れるが、ブログで稼ぐを実践しようと思ったら、好きなことを気ままに書く「雑記型」は不利なのだ。

そうはいっても、ちょっとは収入も欲しい。そういう人もいるのではないかと思い、10万級のバズ記事をいくつも生み出しつつも、稼ぎの少ない雑記ブロガーとしてしばらくやってきた者としての考えをまとめてみた。

好きなことを書きたい!でもその上で収入もある程度は得たい!そんなブログ書きはどうしたらいいのだろうか。

攻めのブロガーの行方と逃げのブロガーについての初考察

そもそも雑記ブログとは何なのか

雑記ブログというのは、言葉の通り、何でもかんでも寄せ集めのブログのことだ。しかし、雑食、雑草、雑誌などと関係づけてみると……どうにも意味がぼやけてくる。

「雑」という言葉の意味はなかなか広く、「雑味」、「雑然」、「雑多」のようにネガティブなイメージを強く場合もあれば、「雑誌」のようにネガティブな意味合いの薄いものもある。

第一の意味合いとしては、多くのものが入り混じっていること。「複雑」や「雑炊」である。

もうひとつの意味が、多くのものが統一なく集まっていること。 こちらはネガティブなイメージを含む。「雑多」、「雑学」、「雑談」などである。

「雑記ブログ」とした場合には、後者の意味合いである「統一なく集る」というところが強調されるように思う。スポーツ記事ばかりがあるならばスポーツブログだし、政治ばかりなら政治ブログなのだ。

色々なジャンルの記事が統一なく集まっているものを「雑記ブログ」という。このブログ「はとのす」のように。

この統一感のなさとどう向き合うかが、今回の記事の肝となるわけだが、もう少し回り道をしよう。

ウェッブ上に公開日記を書く文化が生まれる

そもそもブログとは何かというところまで回り込んでみよう。

ブログとは、Web-logの略称であって、インターネット上に個人の事柄や思考などを記録するものであった。「遺書のつもりで書いていく」という文言がしっくり来るのが元々の意味でのブログであった。

最初のうちは、「単なる日記」が多かったのだが、次第に「読まれる前提の日記」へと変化していった。

つまり、「誰にも読まれない自分だけの日記」から「公開して誰かが読むことを想定した日記」へと変わっていったのだ。

これは割と面白いテーマで、古文の授業で出てきた「更級日記」が、後世に読まれることを想定していたかどうかという学術的な議論が起こったという話も聞いたことがある。つまり、人から読まれることを想定しているかどうかで、何をどう書くか、自分をどう見せるかが変わってくる。

誰にも読まれないつもりで書いているものなら本心だろうけど、自分が愛されるように操作しているかもしれない。

ちなみに、有名な『アンネの日記』の場合、アンネは非公開のつもりで書いていたテキストaと区別して、途中から公開用のテキストbを書き始めている(容赦なく非公開版も公開されてしまったようですが……。歴史的な死者にプライバシーはないのである)。

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攻めのブロガーはNewsPicsへ

しばらくの間、ブログというツールは、「承認欲求満足マシーン」として機能していった。つまり、一般社会ではあまり成功できない、引きこもりがちな自宅警備の勇者たちが、そんな自分でも輝ける場所としてブログにネタを書き綴っていったのだ。

世界に自分が存在することを証明し、アイデンティティーを確立するために(あるいは揺らいでいるアイデンティティーを補完するために)、ブログを書いていたのだ。

つまり……。逆に言うと……。

自分の人生に心から満足している人はあまりブログを書かない。

ドーン。恐ろしい破壊力の言葉である。

ブロガーの文章を読み解いていくと必ず出会うのが「劣等感」である。どのブログも劣等感について語っている記事が必ずあるものだ。あまり「劣等感」が見つからないブログは、どこか表面的な、サラサラとした書き口のものが多い。あくまでも大まかな傾向ではあるが。

もちろん、社会的に成功していて、劣等感が小さいタイプでありながらブログを書く人はいる。しかし、自分がいまいる位置よりも、より高みに行きたいというような気持ちが強い人がブログを書いていることが多い。

要するに出世欲があり、ビジネスにおける野心があるような書き手だ。

ずいぶんと前に、ぼくは東京大学の文科Ⅱ類に入学したのだが、その時は法学部と経済学部の学生で構成された60名ほどのクラスに割り振られた。そして、情報処理関係の講義で、「ホームページを作ってみよう」というものがあって、そのあたりでみんなインターネットというものを覚えていった。

ぼくが初めてインターネットを使ったのは多分高校3年生とか、浪人生の頃だったと思う。まだネット上に書き込みするという文化は生まれていなかった。個人的には助かった。あの頃ネットがあったら、ぼくは勉強に打ち込めなかっただろうから。

さておき。

大学の講義では、ご丁寧に「インターネットの使い方」を教えてくれて、ホームページが整備された。その時はまだブログは一般的ではなかったので、みんなHTMLを直打ちしてパチパチとホームページを作っていた(だから、font size =“7”と打ち込んだ時にどんなサイズになるか直感的にわかったし、よく使うカラーコード#ff0000とかは脳内にインストールされていた)。

SNSはまだなくて、tea-cupに代表されるような掲示板が、その役割を果たしていた。

ホームページがあったにもかかわらず、法学部、経済学部界隈で、ウェッブ上に日記を書いて自己顕示的な活動をしようとする者はほとんどいなかった。記憶にある限りだと、経済産業省に入ったハイパー法学女子のMと、後にmixiの社長になった朝倉くんくらいのものであった。

あ、そうだ。ネット界隈では有名だったkarimono氏もいたか。Mと朝倉くんは、社会的な向上心が極めて強いタイプ、つまり起業家タイプだったので書いてたのだろう。ぼくと、karimono氏は、ハグレモノだったので、ネット上に居場所を求めていたのだ。今の時代karimonoなんて言っても知らない人は多いと思うが、昔は有名人だったのである。

※karimono氏をご存知の方は是非ツイッターで絡んで下さい! 中村慎太郎 (@_shintaro_

自己成長的な告知媒体としてブログを使う人と、現実逃避と自己顕示のためにブログを使う人がいる。これらは「攻めのブロガー」と「逃げのブロガー」という分類をすると適切かもしれない。ぼくの場合は紛れもなく「逃げのブロガー」だった。人生と向き合わないようにするためにブログをせっせと更新していた。

それは、雪山に遭難した人が、自分が生存していた証を残すために、せっせと日記を書き残し始めるようなものだ。当時自覚していなかった発達障害に悩まされ、躁鬱気味のポンコツの精神と、カリカリに細い鶏ガラのような体を抱えて、大学生活にまったく適応できていなかったのだ。

ちなみにその時はまだSNSは存在していなくて、少ししたあとにmixiが登場して一世を風靡するのであった。思うに、攻めのブロガーは、SNSへと適応していったように思う。攻めのブロガーにとって大切なのは、身近な人や、知り合った人に対して自分の意見や人格を伝えることだ。今の時代だと、当時の「攻めのブロガー」が愛しているのはNewsPicksである。

ぼくもNewsPicsを勧められたことがあるのだが、どうしてもだめだ。ぼくには権力への意志(Wille zur might)が乏しいらしい。クライミング、人によってはマウンティング。それほど飢えてはいないのだ。

というわけで、ブログ界には「攻めのブロガー」はあまりいなくなったように思う。ビジネスマンと名刺交換をして「ブログもやってるんで読んで下さい」と言われることはあまりなくて、FacebookやEightの情報を交換することが多い。

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Googleのもとに平伏すブロガー

攻めのブロガーが去った後に訪れたのが、Google帝国による支配であった。それまでは、各々の野心はあれど、基本的にはブログの更新は経済的な原則とは切り離されていた。しかし、いつからだろうか。記憶にある限りだと2010年頃からだろうか。ブログに広告を貼って収益を得るという「一種の内職」が流行り始めたのだ。

隠されたブログからオープンな稼げるブログへ

2005年頃だっただろうか。広告代理店に入った友人に、ウェッブ上の広告は伸びるよという話をしたらかなり手ひどく怒られたことをよく覚えている。

「ネットなんて怪しいところに広告がつくわけがないだろう!!!広告の仕事を舐めるな!!!」

そんな彼も、今はネット広告の営業に勤しんでいることだろうが、確かに当時はそういう世界だったのだ。ネットは嘘ばかりが書いてあるところ。一部の陰湿で、気持ちの悪いヲタクが、ねじ曲がった根性で、世論を悪しき方向へと誘導するために書き込みをするところであった。
実際に当時の雰囲気は非常にクローズドで、ブログやホームページは「隠す」ことも多かった。

暗号だらけのホームページを突破していくとようやくお目当ての記事が見つかるということも多かった。そこにあるのがいわゆる「割れ」と呼ばれる違法アップロードファイルである場合もあったようで(当時の法律は認識していなかったが)、場所によっては今では考えられないくらいやばいものも落ちていたようだ(ハハハ、流石に書くわけにはいかんのだ)。

ついこの間まで日本の出版業界を震撼させていた「フリーブックス」は、違法ファイルをアップロードした上、隠すどころかフルオープンにしている上、結構な額の広告費も取っている。この辺りが、現在との露骨な違いだろう。

「ブログを多くの人に読んでもらって広告費を稼ぐ」ことが現在のブログ界の基礎的な思考様式なのである。

そして、その現在の有り様にまったく適応できていない古いブロガーが……。

そう、わたくし中村慎太郎なのだ。

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ブログでどのくらい稼げるのか

みんなだいすきお金の話を差し込んでおこう。

まずは稼げないブロガーである中村慎太郎の場合どんなものかというと、概ね月間3000〜5000円くらいのものだ。バズった記事を書くと数万円になることもあるが、バズったらバズったでしんどいので、狙って書き続けることは出来ない。

というのも、バズる記事というのは、サッカーでいえばハリルホジッチ監督の解任のような、世の中を騒がせたような内容について書くことが求められるからだ。そうではないやり方もあるが、炎上しているところに突っ込んでいくようなやり方をしないと継続して成果が出せない。

テレビのワイドショーというものが常にゲスな話題をやっているのは、ゲスなほうが視聴率が取れるからなのだ。そして、そのゲスな分野で、ぶっちぎって優れた論説を書き続けねばならず、これはなかなか消耗する。

ちなみにこの記事が35万の鬼バズを記録した。結果、方々で仕事も増えたのだが、1ヶ月以上寝込むレベルで消耗してしまった。みんなが怒っている分野について書くのはなかなかしんどい。

ハリルホジッチ解任でサッカークラスタが発狂している理由|中村慎太郎|note

というわけで今は月間5000円という有様ではあるが、5年前の基準なら割と優秀な方で、あの頃はこれ以上に稼ごうとするのは不毛とされていた(そもそも5年前の時点ではもう少し収入になっていたのだが)。

今となっては「金を稼ぐことを最大の善行としてプログラムされたAI」のようになっているイケダハヤト氏が、あんまり稼げなくてもいいからブロガーになって自由に生きようというメッセージを発信していた頃だ。

ぼくは初期イケダハヤト的なあり方を目指して未だにやってきているのだが、イケダ御大は今は以下のような本を出している。

というわけでイケダハヤト氏は非常にわかりやすく変節したのだが、そのことに違和感はなく、アンチになったわけでもない。ただ、ぼくは「150万本」の頃の考え方が好きだし、今のようなやり方を模倣するつもりもない。

閑話休題。

そんな時代だったこともあり、ぼくはブロガーではなく、作家を目指すことにした。つまり、広告のための手法は一切向上させず、文章力の向上だけを特化させていくやり方だ。

最近、はあちゅう氏も、ブロガーではなく作家だと名乗ったことで話題になったが、ブロガーとして成功する前にそれをやったのが4年前のぼくなのだ。

しかし、ぼくは潮目を読み違えたというべきだろうか。ぼくが乗り出した出版業界は縮小に縮小を続け、不景気な話以外存在しないかの如きである。挙げ句の果てに、1年間書店の現場に務めてみた結果、真の絶望を味わう結果となった(いつか語りたい)。

この先、本を売っていく商売は、一部の例外を除いて成立しないのである。

例外とは何かと言うとNewsPics的な本なのである。かつての攻めのブロガーは、ブログにノウハウを書かずに、NewsPicsで識者として振る舞い、書籍を出すことで名をあげる時代になったのだ。

そんなところには到底参入できないし、参入する気もない。ぼくはただの雑記ブロガーなのだ。

4年前の時点でブログに特化させていたらもっと暮らしが楽になっていたかもしれないが、文章力は伸び悩んでいたかもしれない。30代で貴重な挫折が出来たことは、美酒として飲み干そうではないか。

文章力は伸ばせる時に伸ばすしかないのだ。後から手に入れようと思っても手に入らない。お金で買おうと思っても決して買うことは出来ない。文章とは積み重ねた人生なのである。

文章力とは、どれだけ読者の心に粘りつく文章が書けるかどうかなのだ。わかりやすく書くだけでは駄目だし、知識だけを増やしても駄目だ。ぼくもまだまだで、死ぬまで上を目指してあがいていくことだろう。

というわけで、月間3000〜5000円の細い収入にテコ入れしようとしているのが、稼げないブロガーとなっている中村慎太郎の現状なのである。

稼げないブロガーの話は置いておくとして、稼げるブロガーはどんなものだろうか。

とすると、月3〜5万円というのは最所の数ヶ月の具体的な目標のようで、人によっては100万円とか200万円くらい売り上げることもあるようだ。ぼくは、こういう人はあんまり好きじゃない。何が好きじゃないって、聞いてもないのに「月収は100万円ほどです」とか言ってくるからだ。

こういったタイプのブロガーは、商業的ブロガーと分類するべきだろう。社会的なステータスが皆無であり、フリーターや無職と同等と思われてしまうという恐れから、あるいは、人から尊敬されること、羨ましがられることで自分のブログを広め、より多くの稼ぎを得るために、看板として月収を出しているのである。

つまり、月収が100万円あるということを提示しない限りは、まともな社会人だと思われないという意識が、聞いてもいないのに収入を告げるという異常な行動を生むのだろう。

これが行き過ぎると、寝ているだけで1日10万円稼ぐ方法などの詐欺スレスレの話になってくる。大抵は、稼ぐメソッドが載っている数十万円の情報商材を売りつけるビジネスなのである。

自分でわざわざ口に出さなくても、商業的ブロガーのプロフィールには月収が載っていることが多い。それを読むと「だから何だ、喧嘩売ってるのか」と思うのだが、これには嫉妬も含まれることだろう。とはいえ、世間様に嫉妬されないように、自分の稼ぎは隠すというのが世の中のフォーマットである。

だから、本当に稼いでいるタイプの会社員とかは貧乏人の振りをするのが得意なのだ。だから、車は何を乗っているかとか、どこに住んでいるかをチェックして、その人の年収を予想するのである。

ゲスの極みではあるが、人間の多くはゲスなのだ。

商業的ブロガーはグーグルの下請けであり奴隷である

当時、ぼくが商業的ブロガーへと踏み出さなかった最大の理由は、グーグルに支配されたくなかったからだ。ブログの売上は、ブログを読む人の数に大きく影響を受ける。そして、ブログ記事がどれだけ読まれるかはグーグルの検索からどれだけの人が入ってくるか次第なのだ。

そのため、検索順位を上げるための施策であるSEO(Search Engine Optimization = 検索エンジン最適化)が大流行である。SEOのための書籍や記事は溢れているし、SEOを施す会社も多数存在している。

「SEOに強い」という言葉は、サッカーにおいて「決定力がある」とか「視野が広い」などと同様な非常に強力な言葉なのである。

ちなみに、はとのすも比較的SEOには強いらしい。過去記事への検索流入数はそこそこ多いし、超バズもいくつも起こしている。すると、shintaro-hato.comというドメインが、「バズ記事起こした経験多数」という属性として、グーグルに記録されるらしい。

だから、新しいドメインを使って記事を書くよりもはるかに有利なのだ。このあたりが、もう一回ブログを頑張ろうと思った理由でもある。SEO的にとても強い文章が書けるので、ブログをやるべきだとアドバイスしてくれた澤山大輔氏(@diceK_sawayama)にも心から感謝しつつ。
 

ただ、このSEOというものが実に厄介で、ざっくり言うと「グーグル神」に高く評価されるかどうかが運命の分かれ目なのだ。そして、「グーグル神」は割と気まぐれなのである。だから、ぼくがブロガーはいかんなと思った時は、「神様があてにならない」という理由で敬遠したのだ。

実際にある日突然グーグルから低評価にされて、検索に乗らなくなったことで収入がゼロになったという事例も多かったのだ。

グーグルから高評価される方法というのは、ここでぼくがまとめるよりも、検索すれば多くの優れたサイトが見つかるはずだ。検索した時に優れた情報を載せているブログばかりが見つかることがグーグル検索の肝なのだ。

少し前まではスパムのようなどうしようもない記事が引っかかることも多かったが、最近ではほとんど見かけなくなった。神もレベルアップするらしい。

検索順位を上げるための条件にも色々あるが、ぼくとして勝負ができそうなのが、しっかりとした内容のある文章であることだ。500文字とか1000文字の短い記事よりも、4000字とか8000字とか、時には10000字を超えるような記事のほうが、高評価されるのだ。

そしてぼくは、作家業をメインに据えてきた文章ギークなので、8000字くらいは軽く書ける(この記事もすでに6000字である)。だからこの点は強みになる。

一方で弱みもある。それがキーワードだ。

422737 / Pixabay

グーグルの検索キーワードが支配する世界

一方で、キーワードの選定というところが弱みになっている。グーグル検索では調べたい「キーワード」を検索までに投げかけることで、その「キーワード」にフィットしたサイトが選ばれてくる。

このことから逆に考えると、キーワードを想起しやすいブログのほうが、検索した時にヒットしやすいのだ。だから、グーグル神としても、そのサイトが何のブログなのか、どんなキーワードに要約できるのかに目を光らせている。

一昔前の主流であった日記型ブログである「料理とお片付けと育児と趣味の卓球のブログ」とか「ギター弾きのダイエット日誌」のようなものはあまり強くない。

もちろん、こう検索されれば引っかかる可能性は高い。

検索→「料理、お片付け、育児、卓球」

料理と片付けと育児について、卓球をしている人の意見が聞きたい!という要望に対しては、グーグル神が得意満面の笑顔で「いいブログがあるよー!」と紹介してくれることだろう。しかし、そういう特殊な事例はめったにない。

だから「料理」や「片付け」というキーワードに絞るほうがいいのだ。しかしながら、「料理」という巨大なキーワードを使うとクックパッドなどの商業サイトには太刀打ちできない。

だから「豆料理」などと少し絞る。そして、豆料理だけに絞ってブログを書いていけば、少しはマシになってくる。が、それでもクックパッドの牙城は崩せそうにない。

カレーに絞るのでもでかすぎる。そもそも、料理名や素材名だけではかなりきついように思う。話題に出したので何とか着地させるために一つだけ例を考えるが、「常備豆で10分で作れるダイエット栄養食」というタイトルはどうだろうか。

常備豆というキーワードは存在しないようだし、頑張れば常備豆ブームを作れるかもしれない。問題は、100記事とか200記事とかいうボリュームで常備豆について書かないといけないことだ。これがなかなかしんどいのだ。

じゃあどんなキーワードがいいだろうと頭を絞るのがブロガーの仕事となっている。収入を得るために、グーグルに支配されているのが現在のブロガーという言い換えをすると、自由で楽しい仕事というイメージは吹き飛んで、個人の零細下請けとしてのブロガーの姿が明らかになっていく。

もっとも、グーグル以外にも稼ぐ方法というのもあるし、検索エンジンに頼らないやり方もあるはずだ。しかし、一般的にはグーグル神頼みなのである。

ところで、料理ブログのキーワードは難しすぎるように思う。「1分料理」とか「男の手料理」とか「自宅で本格ラーメン」とか、あるいは苦手な人もいると思うけど「昆虫食」とか。もう敵だらけでどうにもならないことだろう。レッドオーシャンどころの騒ぎではない。

ブログ書きはこのように検索キーワードと格闘するというのが、昨今の基本的な思考様式なのである。

何か調べたいことがある人、悩みを持った人がいる。その人が、グーグルの検索窓にキーワードを入れる。そして検索すると、マッチしたサイトやブログの記事が表示されてくる。

グーグルは、サイトや記事に順位をつけている。キーワードごとに、点数の高いサイトから順番に表示していくのだ。したがって、検索して出てきた順番にクリックしていけば問題が解決する可能性が高い。

逆に言うと、グーグルにつけられた点数が低いと、自分の記事にやってくる人が激減する。人が少なければ収入も増えない。

だから、ブロガーはグーグルに高評価されるように頭を振り絞る。グーグル様に高く評価されれば、自分の収入も上がり、ステータスもあがっていくわけだから。

職業としてのブロガーとしてはそう考えるのは自然なのだが、ここで強く言いたいのはキーワードは単なる文字の羅列ではないということ。キーワードは、誰かが「調べたい」と思った内容である。つまり、目に見えぬ読者からのメッセージなのだ。

だから、「グーグルの下請けか……」と自嘲するのは大間違いで、キーワードと真摯に向き合うことが、良いブログを作っていくためには必要なことなのだ。

キーワードの向こうには悩みを持った読者がいる。それに応えるのがブログ書きなのである。

qimono / Pixabay

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雑記ブロガーはどこへいく?

というわけで、最近のブログ業界はキーワード探しが必須になっているのだが、拙ブログ「はとのす」には、ブログ自体のキーワードがない。

「はとのす」が何のブログかと問われたら、雑多なことを書いているブログだと答えるしかなく、タレントブログのほうが性質が近いかもしれない。

そして、タレントであるならば、民放のTV番組に出演する必要がある。ラジオやネット番組などにも出演させて頂いたことはあるので、どのくらいの告知力になるのかについては肌感があるものの、「売れた名前で商売する」という境地に行くためには、民放に出演し続けるしかないという結論になっている。

もちろん、ネット上の有名人として「売れた名前で商売する」ことは出来るかもしれないが、トップブロガーでも高額の商品を売ろうと躍起になったり、年収やハイレベルな世界をPRしたりする人が多いところからすると、なかなか厳しいところなのだろう。

「ネットだけの有名人」という顔だけでは、そこそこの稼ぎしか得られないようだ。この状況は若干は変わってくるかもしれないが、「民放に出ている人が強い」という状況は変わらないだろうなと実感している。

というわけで回り込んで前提を書いてきたが、雑記ブロガーはどうすればいいのかについて踏み込んでいこう。

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雑記ブロガーは書きたいことを書く

まず、自分のブログは商業ブログではないと割り切る必要がある。雑記ブログは自分が書きたいことを書く場所なのである。何かを売るための文章を書かなければならないという思考に陥ると、書きたいことと、書かなければいけないことが解離してしまう。

お金を稼ぐために商業ブログをやりたければ、雑記ブログとは区別して、新たに始めるほうが良い。そのほうがキーワードを絞ることが出来るからだ。

雑記ブログは「統一感がない」というのが定義なので、稼げるテーマを思いついたならば、雑記ブログの中に埋もれさせてはいけない。試しに何記事か書いてみるのはいいと思うが、雑記ブログの中で育てるよりは独立させるほうがグーグル様に愛されるのだ。

そして、書きたいことを書くほうが、絶対的に面白い記事が書ける。

これはライターあるあるなのだが、依頼されて1記事いくらで生産した記事よりも、自分が書きたいことをブログやnoteに書いたもののほうが、記事が跳ねるのだ。要するに高く評価されることになるのだ。

依頼された記事を書く時に手を抜いているわけではない。むしろ、普通よりも力を入れて書いている。しかし、それはあくまでも、納品するための商品なのである。思い入れが強すぎては手放すことができなくなる。

北海道の畜産高校を舞台にした漫画『銀の匙』では、これからベーコンにする子豚に名前をつけてはいけないというエピソードが出てくる。名前をつけて可愛がると、殺して食べる時に辛いからだ。

記事の場合は、殺して食べるわけではないのだが、自分の所有物ではなく、納品先の所有物になるという点で、あまり愛着を持ちすぎてはならないのだ。だから、少なからずブレーキが掛かる。

雑記ブログは、自分の家だ。自分が望むならば、どんなインテリアにすることも出来る。散らかすも片付けるも思うままだ。自由にすればいい。

ただし、お客さんが訪れてくることを絶対に忘れてはいけない。自分の家ではあるが、自由にお客さんがやってきて、「ふむふむ、いいお部屋だね」とか言いつつも、貼ってある広告を見ていってくれるのだ。

多くのお客さんが訪れ、同時に愛される部屋であることは、収益を確保する上で非常に重要なのだ。だから、雑記ブログをやっていく上での心がけは、こう収斂させることができる。

書きたいことを思うままに書こう。
ただし、読者のためになるように。

ぼくは「雑記ブログ」とは何たるかということが書きたくなった。だからこの記事を書き始めた。しかし、ぼくが書きたい内容を書き綴るだけだったらもう少し散らかったものになっているはずだ。自己満足的な記事になっているはずだ。

この記事は長くなりすぎているし、大成功しているとは言い難いかもしれないが、「雑記ブログをどうやってやっていこうか」と悩んでいる人や、「ブログに興味があるけど知識がない」という人に向けて、なるだけわかりやすく丁寧に構成しようと努力した。

書きたいことと、誰かの役に立つことを、両立させようとする努力。

これが雑記ブロガーに求められる精神的態度なのだ。

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キーワードの模索は、まだ見ぬ読者への愛

その上で、なるだけ多くの読者の目に触れるように、キーワードを設定しよう。この記事の場合は、「雑記ブログ」、「収入」、「書き方」だろうか。

……いいのかな、これで。いや、別のキーワードのほうがいいかもしれない。書き終えてからじっくり検討しよう。このように検討することが、まだ見ぬ読者への愛であり、同時に、収益を少しでも増やすための努力なのである。

雑記ブログは、ブログ自体のキーワードが曖昧である。だから、記事単位でキーワードを組んで書いていく必要がある。専用ブログよりは弱いが、「雑記ブログ用のノウハウ専用ブログ」などというけったいなものは存在しないので、記事単位での勝負になる。

もう少しわかりやすく言うと、「クレジットカードのノウハウ」を書いたところで、専用のブログやサイトがゴロゴロ転がっているので、雑記ブログに1つ記事書いたくらいでは絶対に高評価にならない。しかし、「雑記ブログ」とか「窓の拭き方」のような細かい話であれば、勝負になるのだ。

この記事も、本当はもう少しキーワードありきで文章を構成するほうがいいんだろうと思うので、そこは反省点なのだが、何が当たるかわからないというのもあるので、とにかく書きたいように書いて、書ききってしまうのが一番いい。

書けないよりは書けるほうが絶対にいい。

というわけで、長々と書いてきたが、雑記ブロガーであり、かつ、何らかの成功をしたいい人は、気合を入れて記事を書くことと、キーワードの設定やSEO対策などのブロガー的な基礎はしっかりと抑えておこうというのが結論だ。

ちなみに拙ブログで一番検索流入が多い記事がこちら。概ね25万件くらい検索からヒットしている。意図せずSEOが万全だったらしく、一時期は講談社のサイトよりも上に来ていたという神っぷりであった。その時は一日500件くらい新規の読者が訪れていた。

「GIANT KILLING」が神の領域に入りつつあるようだ。 - はとのす

この記事の特徴は、根気よく長い文章を書いているというのが7割位を占めているように思う。ブロガーには文章力はいらないというのが常識のように語られる世の中だが、文章力は物書きの背骨であり、それ以上に必要なのは、記事を作り切る根性なのだ。自戒を込めて。

「はとのす」のブログ記事は、何度かのバズを経ながら、作家になるという夢を叶えてくれたし、多くの人との出会いも作ってくれた。一時期停滞はしたが、これからも力強く更新していこうと思う。

書いた人
中村慎太郎 (@_shintaro_) フォローはお気軽に!

プロフィール

SEOとライティングの話がよくわからない人にお勧め。基礎から一通り載っている。

2013年という早い段階でブログで飯を食うことを達成した著者の本。恐らく、今のブロガーブームの礎を築いた功労者の一人。

副業としてブログをやってみようという方はこのへんがいいかも。

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