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書評 育児論

育児パパ目線で「不登校」について考えてみた。書評『学校はいかなくてもいい』小幡和輝著

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先日発売された書籍『学校はいかなくてもいい』のマンガ部分を担当したあんじゅ先生@wakanjyu321よりご恵本頂きました。

……。

……。

……。

いや、本、もらってないな……。

買わされました。


「今度買うね」

「今持ってるよ!!」

という調子の逃れられない何かでした。とはいえ、特別に関心が深いテーマを扱った本なので、レビュー記事を書かせて頂こうと思います。

帯には脳科学者の茂木健一郎さんがこう書いています。

この本は凄い。
学校に行けない子どもたちに、
「居場所」を作ってくれる。

 

ちなみに、この本のマンガ・カバーイラストを担当しているあんじゅ先生とは、クリエイターのためのラジオチャンネル『クリレコ』をやっている仲間です。『クリレコ』で、ほぼ毎月、クリエイター活動と体重の増減について記録しています。

あんじゅ先生の7月版では、『学校は行かなくていい』の話もしていますよ。

【ラジオ】ヤッホイ!漫画担当書籍出版だぞ!〜ものづくりと体重の記録(あんじゅ先生)〜【2018年7月】note
↑あんじゅ先生が『学校は行かなくていい』を語る!無料です。

書籍出版と印税の話!ぶっちゃけいくら稼げるの?!【クリレコゴールド】note
↑こっちはぶっちゃけトークが多いので有料ですが、外に出せない情報満載です!

 

 

『学校は行かなくてもいい』を父親として読む

 

さて、ぼくがこの本に興味を持った最大の理由は、2児の父で、上の子は来年から小学校に入るからです。つまり、ぼくは「パパ」であり、この本は「育児本」という位置づけです。

そして読んでみると、自分にとっても「他人事」ではない内容であることにも気付きました。

ぼくは、「学校に通っている落ちこぼれ」でした。通ってはいますが、面白いとは思わなかったし、成績も悪かったわけです。

そこから何とか逆転しようと努力し、2浪した結果東京大学へと入学しました。そして大学院には博士課程2年まで在籍しました。その時のことを振り返ると、やはりぼくは「学校に通っている落ちこぼれ」が最後まで抜けきれませんでした。

この本の著者の小幡和輝さんは、「学校に通っていない成功者」となりました。

しかしながら、理屈上は「学校に通っていない落ちこぼれ」も生まれうるわけで、こちらは、深刻な問題になる可能性があります。だから、「ああそうか、学校は行かなくていいんだ」と無条件に絶賛することは出来ません。

さて、我々は学校へ行かなくても良かったのでしょうか。そして、子供とは学校に行くべきなのでしょうか。もちろん、教育を受けさせる義務が存在しているので、親としては学校に通わせます。しかし、学校に行きたくないと言われた際にはどう対応するべきでしょうか。

ぼくは、子どもがいじめられて死ぬのだけは絶対に嫌なので、かなり身体を鍛えました。強くてスポーツが出来る子はいじめられづらいからです。性格が優しいので喧嘩が出来るとは思えませんが、いざとなったときはかなり強いと思います。足が速いことや、力が強いことは子どもの自信にもなると思っています。

しかし、いくら強かったとしても子どもは子どもで、陰険な教師に出会う可能性もあります。経験上、陰険な教師はいます。理不尽に攻撃される可能性もあります。ぼくは、2年生の時の担任の先生に頭をぐりぐりとやられたことはとても嫌でした。痛かったし、惨めでした。今でもよく覚えているから当時は相当悔しかったと思います。体罰が当たり前の時代なのでよく叩かれました。

その度にぼくは大人への憎しみを募らせ、社会で成功するために勉強するというモチベーションが上がりませんでした。先生も学校もクソ食らえです。「ぼくらの」シリーズを愛し、ブルーハーツを聴き、夜の校舎窓ガラス壊して回った……ということはありませんでしたが、ぼくの少し上の世代では、学校の窓ガラスはみんな割られてなかったと聞いています。そんな地域、そんな学校で育ちました。

良い先生が当たるかどうかは運でしかなく、親にも子どもにもコントロールが出来ません。善意であってもミスマッチである可能性があります。マッチしないという判断は誰がするのか、何を基準にしたらいいのか、学校に行かない場合の選択肢はどうしたらいいのか。

不登校という問題を、自分自身の学校体験を振り返りつつ、父親目線で考えていこうと思います。

『学校は行かなくてもいい』の内容と評価

約10年間の不登校を経験した後、社長になった著者小幡和輝さんが、不登校時代と、そこからどうやって脱出して起業したのかを語った本。

最大の特徴は、著者の「自分史」が漫画で語られていること。著者の経験が漫画となり、著者自身は漫画を補足するという構造になっています。

この本の趣旨において最も重要なのは、著者がどのような学生時代を送ったのか、どうして不登校になったのか、不登校というハンディをどうやって克服して起業するに至ったのかであるが、これらのポイントが漫画によって抑えられていることが、非常に素晴らしいと思います。

なぜ素晴らしいのかというと、漫画部分については子どもでも読めるからです。著者が書いている本文を読み飛ばして漫画部分を読む子どもがいることは想像に難くありません。また、あんじゅ先生は、非常にトリッキーな人間性を持ちながら、人間の喜怒哀楽を正確かつ漫画的に描写することに長けているため、漫画部分がとにかくキャッチーで面白いです。

「不登校」などの社会問題について扱う書籍は他にもあるだろうが、「教育学者」が書いた本は、クソ真面目で非常に読みづらいというのは世界の常識なので(多分)、子どもでも、それほど書籍を読み慣れていない人でも、容易に理解し、共感できるという点はとても強い。特にこの本は、「不登校問題に関心がある人が読む本」というだけではなく、「不登校という選択肢もある」ことを広く伝えることを目的としているように思えるため、漫画によって読みやすいことは、目的とマッチしています(目的なきマンガ化というものもあって、うんざりすることもあります)。

しかし、こういった「成功者による書籍」の多くには、構造的な問題点が含まれることが多いです。

著者の小幡さんが成功者であるかどうかは、ご本人の認識とは異なるかもしれませんが、「学校に行かなくても成功した」という経験を紹介することが本の趣旨である以上、構造的には「成功者」である必要があります。

さて、「成功者による書籍」によくある問題点。

「そりゃさー、あんたは成功したかもしれないけど、それって偶然じゃない?運が良かっただけじゃない?再現性あるわけ?人に勧めちゃっていわけ?」

これを解決するためには「普遍性を獲得する」ことが求められます。非常に困難なミッションです。そのためのアプローチとしては、事例数を増やしてより確からしいものに近づけていくという方法があげられます。

あるいは、データなどを用いて偶然ではなかったことに客観性を持たせる方法もありますが、小幡さんのストーリーは小幡さんだけのものなので、同じ事を再現するのは不可能です。

事例を増やすことは、説得力を得るためには非常に重要です。最も読まれている自己啓発書である『人を動かす』は、本の大部分を事例が占めていて、その事例も時代に合わせて変更されているそうです。

漫画版、発見!

編集者目線で考えてみると、小幡さんの執筆量を増やして説得力を高めるのか、事例数を増やすことで客観性を高めるのかの二択だったのかなと思います。そして、『学校は行かなくてもいい』では、ケーススタディとして、家入一真さん、吉藤オリィさん、バンド「ジェリービーンズ」の皆さん、河合未緖さんの4例が取り上げられています。

読んでみると、これはとても良いなと思いました。あんじゅ先生の漫画によって描かれる「Story of Obata」については、非常に華があるもので面白いものですが、これは本の主役であると同時に、一つの看板であり、客寄せパンダとして機能しているわけです。

書籍の狙いである「不登校を否定しない」という概念を広めるためには、小幡さんの成功例は切っ掛けの一つでしかなく、同様の事例が数多くあることを取り上げることは非常に有効です。なので、書籍としてとても成功していると思います。それぞれの事例もとても興味深いものでした。

だけど、これでいいんだろうか?

「学校に行かない落ちこぼれ」になる可能性がある

不登校は、人生の終わりではなく、その先成功する可能性もあるという事例の提示には成功しているとして、その成功率はどのくらいあるのでしょうか。紹介されているケーススタディも、何らからの秀でた能力を持つ「異能の人」が中心です。しかし、世の中には特に執着する物事もないため知識や技術が特化されない人もいます。

本を読む限りではありますが、著者の小幡さんの場合は、ゲームへのやりこみ度が非常に高く、同じゲームを違う角度から遊ぶことで、「作り手」としての視点が養われたのではないかと思います。

また、定時制の夜間学校にはマジメに通っていること、イベント運営という体力、コミュ力が求められ、一発限りで後腐れなく終わるタイプの仕事とめぐりあえたことも、良い方向に作用しています(昨年書店員として100本ちかくイベント運営を担当したのでよくわかっています。月40本とかやってた時あるからもっとかなー、トオイメ)。

例えば、不登校になった結果、延々とガチャを回すことが目的化するソシャゲをするだけの毎日となり、高校には通わず、大学にももちろん行かなかったとしたらどうなっていたことでしょう。これは本当に怖いですよ。

それでも著者の小幡さんなら成功したかもしれません。しかし、成功の保証はない非常に危ういコースでもあります。

実際に「おわりに」においてこのように綴っています。

「でも、学校に行かないという選択は別に楽な道ではないから気軽に考えないで欲しい」

この言葉が「おわりに」に掲載されているということは、この書籍において「学校に行かない落ちこぼれ」として廃れていくリスクについては解決できていないことを表しています。どういうリスクがあるのかについても語られていない。それは、著者が成功者であることに起因している。本来的には、失敗者の意見も必要です。

もちろん、その結果、書籍としては暗くなってしまうし、「不登校でも成功する可能性がある」という明るさは失われます。しかし、これは無視できないことだと思っています。

小中学校は義務教育であり、親にとっては学校に行かせることは重大な義務の一つです。国民の義務を反故にする必要という大決断をするためには、リスクへの言及も必要ではないかと思います。

義務教育とは、学校に通うことで、学力、体力、コミュニケーション力を身につけた社会人を育成することを目的としているはずです。平均的に同じような体験をすることで、多くの人が平均的に成長するという側面があります。

だからこそ、不登校における成功者が「異能者」であることと合致しています。将棋の藤井聡太さんについての言及も少しありましたが、彼は異能者中の異能者であり、また、将棋という成功すればお金も稼げる職種であるという点は無視できません。

もっともぼくもタイプとしては異能者であり、小中学校の教育によって、強く萎縮したと思っています。ただ、学校に行ったことで得たものもあることでしょう。自分自身のことであっても、学校に行っていたことが良かったのかどうかは判別がつきません。だからこそ、どの程度の人が「成功者」となり、逆にどのくらい「失敗者」が生まれてしまったのかについても調べるべきだと思います。

あるいは、そういった大人(そう、もう大人になっている)に対して救済的なアプローチを取ることも大事かも知れません。

義務教育について調べてみると、文部科学省のほうでも、「義務教育の目的を問い直そう」というような動きはあるようだ。分科会における1意見ではあるが、下記のような記述もありました。

 義務教育は欧米の発想で,教育が庶民にまで行きわたっていなかった時代に,国の力でどの子どもも学校に行くことを保障しようというもの。社会が豊かになった現在,その概念を考え直すことが必要だが,その際も,1国家・社会の構成員としてふさわしい最低限の基盤となる資質の育成(社会の統一性・水準維持),2国民の教育を受ける権利(学習する権利)の(最小限の)社会的保障という2つの目的は維持されるべき。

義務教育に係る諸制度の在り方について(初等中等教育分科会の審議のまとめ) [2]

官僚の書いた文章なので読みづらいのですが、要するに、今の時代は義務教育にこだわらなくてもいいが、最低限必要なものを保証する必要があると書かれています。

具体的には、まともな能力を持った社会人になることと、教育を受ける権利を最小限は担保すること。

つまり、義務教育で学校に通う必要がなくなったとしても、最低限の教育はする必要があるということです。

「不登校でもいい」という考え方は、修羅のススメであり、ある種の人を地獄に落とす可能性もあります。非常に重大な提議です。

それでも、適応できない学校で消耗するよりはいいかもしれません。それによって命を断つ子どももいるため、これは生死に関わる問題だと言えます。

「不登校」の問題は、この先厳密に検討していく必要があります。書籍『学校は行かなくてもいい』はあくまでも一つの選択肢の提示であって、答えを示したものではありません。

実際に我が子がそういった局面にぶつかったとして、子どもにとって何が良いのかどうかは、誰か他人が判断してくれることはありません。そして、それはある日突然訪れるかもしれません。その時のために、ずっと書棚に入れておこうと思います。

蛇足ですが、小幡さんは「新しい学校」を作るという目標を持っているようです。メリット・デメリットを整理した上で、デメリットをなるだけ削ったような学校になると素敵ですが、どんなものになるのかぼくには想像がつきません。

少人数制で個性を伸ばすのか。その場合誰が教えるのか。どうやって教えるのか。最低限必要な教育はどうするのか。システムを固めていくと、義務教育と変わらなくなるのではないか。などなど。色々と考えてしまいますね。

どこかでお会いしたら構想をお聞きしたいなぁなどと妄想しつつ、2児の父として、小幡さんの今後の活動に注目していきたいと思います。

 

あんじゅ先生が速攻でサインを描いてくれました!!

『学校は行かなくてもいい』 小幡和輝著 マンガ・カバーイラスト 若林杏樹

子供を持つ親は、1冊持っておくと良い本だし、軽い気持ちで買ったとしても漫画部分は間違いなく読みやすいし面白いので、お勧めの本です。子どもがいない人にとっても、自分の学生時代と、今の自分の繋がりを考え直す切っ掛けになるので、そういう意味でもお勧めです。

ぼくの場合、自分の学生時代を振り返って書き始めたら1万字をオーバーした上に、この本の書評と全然関係なかったので泣く泣く没にしました(どっかで使いますが)。

というわけで、一家に一冊『学校は行かなくてもいい』を是非どうぞ!

 

 

マンガを担当したあんじゅ先生たちと一緒にやっているラジオプロジェクト、クリレコで、本の出版について話しています。『学校には行かなくてもいい』についても言及していますよ。こちらは有料ですが、非常に濃厚なので是非聞いて下さい!

書籍出版と印税の話!ぶっちゃけいくら稼げるの?!【クリレコゴールド】note
↑こっちはぶっちゃけトークが多いので有料ですが、外に出せない情報満載ですよ!

【ラジオ】ヤッホイ!漫画担当書籍出版だぞ!〜ものづくりと体重の記録(あんじゅ先生)〜【2018年7月】note
↑こちらは無料

https://twitter.com/wakanjyu321/status/1027384431344939008

 

 

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