「#あたしお母さんだから」についてのまとまらない話


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きっかけはよくわからないのだが、「#あたしお母さんだから」というタグ付けの元、とある曲の歌詞が炎上しているのだそうだ。

『あたしおかあさんだから』歌詞への批判受け、絵本作家のぶみさんがコメント 「これはママおつかれさまの応援歌」

上記サイトから歌詞を引用する。

一人暮らししてたの おかあさんになるまえ
ヒールはいて ネイルして
立派に働けるって 強がってた

今は爪きるわ 子供と遊ぶため
走れる服着るの パートいくから
あたし おかあさんだから

あたし おかあさんだから
眠いまま朝5時に起きるの
あたし おかあさんだから
大好きなおかずあげるの
あたし おかあさんだから
新幹線の名前覚えるの
あたし おかあさんだから
あたしよりあなたの事ばかり

これを読んで、いったい何で炎上しているのかさっぱりわからなかった。

どうやら、「おかあさんだけど、自分は楽しく生きている。バカにするな」とか、ちょっと意味はわからないのだが、「お母さん以外の女性もバカにしている」という意見が集まっているらしい。

これ、内容としては、まったくもってその通りだと思う。妻も、お母さんだからお酒を飲まないし、新幹線の名前はぼくよりも詳しいし、朝早起きしてお弁当を作ってくれている。

それがつらいかつらくないかといったらつらい。夫婦で、あと何年で解放されるかね、終わったら海外でも住むかねー。とか言いつつも何とかしのいでいる。

まぁ一番辛いのは毎月の保育園代なんだけど。君がもう少し安ければ、我々家族はもっと自由に過ごせるわけなのだが。

さておき、この歌は、歌い手が文脈に合わなかったということもあるらしく、大炎上を続けているようだ。

日本語の問題として「○○だから」と繰り返し繰り返し言うことは「修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ」の某宗教のように、洗脳的な響きを持つのだろう。

また、育児の喜びについて言及していないのも誤解を招く要因だろう。育児の現場は、壮絶な時は、本当に壮絶である。ぼくもいま、断乳のために、夜間1歳児の番をしている。

断乳というのは、授乳する習慣をやめることだ。なぜやめる必要があるのかというと、家庭や子供の性格によって色々な事情があるのだが、うちの場合は、妻が復職するという都合が一番。そして、うちの子の場合、夜泣きの原因がおっぱいを求めることにあるのではないかという予測が立ったので、試しに断乳してみることにしたのだ。

具体的にどうやってやるかというと、母と1歳児を隔離させて眠らせる。母の代わりに、おっぱいがない親(つまりぼく)が、隣に寝るのである。

夜中、1歳児は起きる。夜泣きする。最初の日は、もう1時間半とか寝ないのね。それが3回あった。もうほんとしんどい。ただ、5日目となった昨日は、夜中にわめいてもおっぱいがもらえないことを理解したらしく、すぐに泣き止んで眠りにつくようになった。

もう少しである(1週間続ける予定)。

いい加減睡眠不順でイライラするし、仕事にも支障が生じてきたが、しょうがない。だっておとうさんだから。

とは思わないようだ。

お父さんだから、それは義務だからしょうがない。とは思わないのかな。家族のことだから、やるのは当たり前だ。家事みたいなものだ。ゴミの日にゴミを出すのと同じように、断乳が必要だったらやる必要がある。

ぼくは思わないわけだが、つらいものはつらい。

今日も一日中、寝不足の上、神経がひっくり返って仕事にならなかった。

ここまで書いてみて、ぼくはこの歌詞に共感もしないし、炎上に共感もしないという、記事を書く上でまったく引っかかりがない状態であることがわかった。

ぼくが言いたいのは、断乳6日目突入で今夜もしんどいというちょっとした愚痴である。と、同時に、寝る前に原稿をしあげなければいけないのに、毎日ブログ更新と宣言してしまったので何かしら書かなきゃいけないという個人的事情である。

この歌詞にイライラする人は、作詞したのぶみさんの絵本『ママがおばけになっちゃた!』を読んでみるといいかもしれない。これを読めば、のぶみさんがどういう姿勢でこの歌詞を書いたかわかることだろう。

読んだ上でイライラするなら、それは本質的なイライラなので、自分が何にイライラしているのかと向き合うのもいいかもしれない。実際のところ、ママになると大変なのである。

赤ちゃんが可愛いだけではやってられない。ママなんだからがんばろって気持ち自体は、とても自然なことだと思う。

ちなみにママが頑張ってるときに、パパがまったく手伝わなかったり、心情を損ねたりすると、産後クライシスという問題を生じさせ、一生恨まれることになるので気をつけよう!

余談だけど、ぼくは「パパだから」というのは絶対負担になるので一切考えないことにしている。

ぼくは「年の離れた長男」として振る舞っている。だから、ぼくが遊びたいときはぼくの遊びを優先するし、子供にもつきあわせる(我が家は5才の男の子と1才の女の子の2人がいる)

日本代表などのサッカー選手には「弟」が多いという話を聞いたとき、中村家名誉長男として育児をしようと考えたのだ。それが良いのか悪いのかはさっぱりわからない。

今日はもう原稿にも追われているのでぐだぐだであるが、育児をしているとまとまった考え事が出来ないのでこういう思考回路になりやすい。

頭が混乱している上に、5歳児が後ろで電車おもちゃでゴーゴーやっている中で書いたので、本当に何を書いてるかさっぱりわからない文章になってしまった。

今まではこういう時は書けない、書かない、何もしないだったが、こういう時でも気合いで書くことにした。だってぼくはブロガーだから。

なのか。んがんが。


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