いかなる状況であっても原稿は苦痛である


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原稿が進まないという事象は、自分がいかなる環境に置かれていても生じる。時間がたっぷりあるならば、それはそれで苦しいし、自分が少ないならばそれもそれで苦しい。

いろいろ試したが、苦しみ方が違うだけで、苦しみが和らぐことはないということがよくわかってきた。

苦しいならば原稿など書かなければいいではないかと思われるかもしれないが、そういうものでもない。原稿を書くのは苦しかれど、原稿を書くのが苦しいということに対しては、そういうものだと認識しているので別段抵抗感はないのである。

もちろん、ぼくのような人間であっても、短い記事のための原稿を書くのはさほど心理的ストレスは感じない。問題は書籍原稿なのである。

しっかりタスクに落とし込んで、少しずつでも進んでいかないといけない。

忙しいからこそ、毎日必ず原稿を進める。1行でいいから進めるという活動をするべきなのかなと感じる。

後は、パソコンを開いて最初の作業として必ず原稿をいじるようにするというのが良いのかもしれない。メールの返信なども重要なタスクなのだが、それよりも先に原稿を置く。

文章に対する苦手意識のようなものが強く植え付けられてきた、ここ数年間なのだが、それは払拭できた。今ならなんでも書けるし、何書いても面白い自信がある。

ある種の自信が漲っている。
結果として面白くなったかどうかは冷静かつ厳密に検討する必要はあるが、揺るぎない自信は出来た。

後は兵站の問題。
休みと執筆時間のバランスをいかにとるか。
そしてプライベートの充実と家庭の問題もクリアしないといけない。

やっぱりフルタイムワークって重いよなぁ。
週40時間働きつつ、育児と、ハトトカと、執筆と、会いたい人に会うなどの活動を入れるとどう考えても過負荷になってしまう。

あんまり忙しくない時期は勤務時間の方を削るという方法もあるが、職場から求められているものとか、生活していくのに必要な給与とかを計算して各所と交渉するのが、鳥頭のぼくにはハードすぎる。

こうやって少しずつ疲れて、少しずつ老いていく。
若い頃の勢いは失われていく。

老人と海でも読み直そうかな。偉大なるヘミングウェイも大スランプで、10年くらい書けなかったらしい。

停滞しているように見える中でも、自分の中で何かが進行しているかどうかはとても大事。年齢とか、実績とかどうでもいい。何かが進んでいればいつか突き抜ける日がくるはずだ。

会社というものに入り、会社で重責を持つ人も、バイトスタッフでも、みんなそれぞれの文脈で消耗している。だからこそ生きているといえる。

今度こそはやり遂げたい。成し遂げたい。6月には大きな成果を出したい。出さないと。出せるはずだ。やってやろう。

と思ったんだけどちょっと風邪っぽい。
最近、夜が冷え込むので体温調節を失敗した。

しかし、初志貫徹だぞ。
もぞ、もこそ。
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