酒有り、飲むべし、吾酔うべし


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酒飲みに憧れていた。
これは中学生の時から読み続けた「こち亀」さんの悪影響のような気がしている。

ここのところお酒を飲む機会があまりなかった。

いや、あるいにはあったが、お外まで出かけていって、しっかりと飲む機会はほぼ皆無であった。

それが、ここのところ立て続けに何件もお誘いがあって、飲み歩いてきた。

しかし、お酒に弱くなったのか、飲み方を忘れたのか、あるいは、冴えない顔をしているせいで妙に酒を勧められるせいなのか、帰宅するときには千鳥足になっていることも多かった。

日本酒会、劇作家南慎介による文化の香りがする飲み会、ナベタクさん送別会。昨日の送別会では、何とか千鳥足にならずに帰って来れた。記憶もそこまで途切れていない。

日本酒会は、文字通り日本酒を飲むのだが、記憶が綺麗さっぱり吹き飛んだ。本腰を入れて日本酒を飲んだのは本当に久しぶりであったし、飲んだ帰り道でお酒が回ることを計算に入れていなかったのも大きかった。

南慎介による会合(というかぼくが呼びかけて店選びを押しつけたのだが)は、古民家を利用した居酒屋で開かれ、兎にも角にも味噌が美味かった。鰺のなめろうなのに、鰺よりも味噌のことばかり覚えている。魚と、野菜と、調味料が美味しいお店は本当にいいお店。

しかし、帰りは千鳥足。もしぼくがポケモンGOをやめていなかったら、酔った勢いで地獄へGOになっていたことは間違いない。

恐らく麦酒しか飲まなかったのが良かったのだろう。ブラインドサッカー日本代表選手であるおっちー氏に「男も家事せんとあかんのや!!」と講釈していたところまでは覚えている。そのあと、額に痛風と書いた男が現れたあたりから何を話したのか若干怪しい。

どうしてこんなに飲んでしまうのか。
酒を飲めば、判断力は鈍り、気が大きくなり、普段は言わないことを言って後悔することもある。しかし、ぼくの精神は酒を求めているらしい。酒の席での言動で、失礼だとか、人間のくずだとか言われるとやるせないのでそういう気配がするような公的な場では、飲み過ぎてはいけない。いや、飲んでもさほど酔うこともないだろう。

気の置けない仲間と共に、美味しい料理を食べ、酒を飲む。普段は言えないことを言う。普段は聞けないことを聞く。弱音や愚痴も吐くし、強がって夢も語る。

そして、次の日には全部忘れる。

昨は橋南に醉ひ
今日は橋北に醉ふ
酒 有り
飮むべし
吾醉ふべし

幕末史きっての嫌われ者である山内容堂候が読んだ詩を思い出す。この詩が好きで、高校生の時に何度もノートに書き写していた。この詩で好きな部分は最後の所。

顧みて酒を呼べば 杯已に至る
快なり哉 痛飲放恣を極む
誰か言う 君子は徳行を極むと
世情解せず 酔人の意
還らんと欲すれば欄前 燈なほ明らかに
橋北橋南 ことごとく弦声

あまり厳密な訳出は出来ないのだが、ざっくりとした現代語訳をつけてみる。

振り向いて酒を注文したのだが、お酒はすでに来ていた(つまりだいぶ酔っ払ってきている)
自由気ままに痛飲するのはなんと心地よいことか 
そういえば誰かが言っていた、君子というものは徳のあることをするものだと
世の中がわかっていない酔っ払いの戯れ言だ(ここの訳は自信なし)
帰ろうと思ったのだが、店内はまだ明るく
両国橋の北からも、南からも、楽しそうな三味線の弦の音が聞こえてくる

容堂候が二次会に行ったかどうかは定かではないが、いざ店を出た後、まだまだ街は眠ろうとしていなくて、勢いで二次会に行ってしまうこともあるだろう。この余韻。響く弦の音。

情景と共に音まで浮かんでくるようである。

土佐高知に憧れて、19歳の時に一人で訪れたことがある。
その時のことをいつか文章にしようと思って、何度か挑戦したことがあるのだが、それは結晶化しないまま曖昧な状態で脳内に置かれたままである。

今、ぼくの頭には、あるいは、ぼくの心には、本当に多くの物が置かれている。大事にしまっていたものだから、もったいをつけてなかなか外へ出せずにいるのかもしれない。

痛飲放恣を極みつつ、ぼくは誓った。

「もっと気楽に文章を書く」

文章という表現には答えがない。100点満点がない。だから、同じ文章を、つまり、短い1つの文章を一生書けていじくりまわすことも出来る。しかし、それでは前に進めない。

質が高いものを追求するという一種の病的なこだわりを持ち続けたこと自体は悪くないことのような気がしているが、このままでは駄目だ。もっと気楽に、もっと楽しく、踊るように、歌うように、痛飲放恣を極むように。

そして願わくば……

楽しく飲める仲間が増えて欲しい。

もし可能ならば……

立川談志のように都内に家を3軒持っていて、酔い方に応じて帰る場所を使い分けたい。

不可能な気はするが……

全国各地に拠点を持ち、昨は松本に飲み、今日は新潟に飲み、明日は大分に飲むような暮らしが出来れば言うことがない。

そんなことは夢のまた夢。今の稼ぎと家庭の状態では月に1、2回飲みに出るのが精一杯だ。

しかし、夢を見るのが物書きの仕事ではないだろうか。

夢を描いてこそ作家なのではないか。

妄想だっていいではないか。

目を閉じれば友人たちの笑顔がある。
楽しく飲んで、大いに騒ぐ。
ぼくは非常に口が悪い。
大人になってからは自己の中に留めておく術を身に付けてきたが、酒を得ればそうはいかない。

でも大丈夫だ、多少失言したとしても、明日には忘れてくれるだろう。

8月18日21時40分。
ようやく二日酔いが抜けて来た。


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