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信念

2015年は、夢の舞台で戦い抜く!

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2015年。

2014年を振り返ると、飛躍した一年だったと言える。
飛躍というのは、「飛び」「躍る(おどる)」という意味である。「躍る(おどる)」と言うとピンと来ないが、要するに跳ね上がる、勢いよく動き回る、躍動するというようなことを表す。

一昨年となった2013年には、フリーランスとして生きる厳しさに立ち向かい、小さな仕事をしつつも文章の質を上げることに注力した。そして、人生を変えたJリーグの初観戦記事が生まれた。

2014年は、前年に掴んだチャンスを生かし、作家というステージへと進んだ。夢叶った瞬間だった。そして、何かに導かれるようにブラジルワールドカップへと向かった。

2014年を振り返ると、激しく飛躍したという側面と、新しい世界の中で振り回され思うようにならなかったという側面が浮かび上がってくる。1冊の著書を世に出すことは出来たし、これは一世一代の大仕事であったと思うので成果は大きいが、一方で、2014年に経験したことや感じたことについては、ほとんど結晶化していない。夢の舞台で戦うのは、新米作家にはなかなか大変だった。一足跳びにはうまくいかない。

そこで、今年の抱負は――

「執筆量を増やすこと」

昨年は方向性について悩みながら書いていたこともあり、月間3~4万字程度が精一杯だったのだが、今年は3倍に増やしたい。そして、執筆量を増やすと同時に、より良い文章、すなわち、より強い思いを織り込んだ文章を書いていきたい。

文章はただの「情報が記された文字列」ではなく、自己の人間性や感情を深く織り込む必要があるため、それなりに手間がかかる。その手間を可能な限り多く割けるように、執筆時間の集中力を高める。執筆の妨げとなる雑務をこなし、日常生活を整え、「心を整える」ことを意識したい。

書くこと。
書けるように自分の心と周辺環境を整えていくこと。

当たり前のことのようだが、この二つを徹底することで、今年は実りのある執筆が出来るように努めたいと考えている。

ここからは具体的に。一年後の自分はどうありたいのかというテーマを考えた。
すると、「7本の柱」が見えてきた。どっしりとした太い柱もあるし、本当にこの柱は立つのだろうかと不安になるようなグラグラした柱もあるが、一通り並べてみよう。

『5冊の著者』

『サポーターをめぐる冒険』に加えて4冊を今年中に出版し、併せて5冊の著者になることを具体的な目標としたい。
最低でも3冊だが、可能なら4冊目にも手を伸ばしたい。

1つには書くべき内容が大量に降り積もっているためであり、もう1つには、そのくらい書かない限りは作家として生きて行くことは出来ないという財政的。職業的な事情もある。

『夢の印税暮らし』などという言葉があるが、そこまで行くには100冊程度の本を書く必要があるという噂を聞いた。それが事実かどうかはよくわからないが、もし100冊の本を書こうと思えば、一年に3冊ずつ書いていっても33年もかかる計算となる。現在33歳の自分にとって、倍は生きなければ成立しないはるか彼方の目標だ。

量を書けば良いというものでもないので100冊を作家人生の目標にはしないが、今年4冊の本を書くというのを今年の具体的な目標に定めたい。

3冊までは既にサンプリングしてある。Jリーグと日本のサッカーについて2つ、W杯について1つ、書くべきものがある。もう1つについては何か新しい試みを考える必要があるが、そこまで達成することを目指す。そして、同時に書籍3~5冊分くらいのサンプリングも並行させたい。

今年は、書く。
書く!!
とにかく、書く!!!!

サッカーキングなどを展開する株式会社フロムワンの代表取締役社長岩本義弘氏にお会いした時に(この方とは色んなところで会う、フットサル合宿とか、クイアバのブラジル宅でのBBQとか、ちょんまげ隊とか)、「才能はあるんだからさっさと書け」「これ以上書くことがないというところまで、1度書き尽くしてみよ」というようなアドバイスを頂いた。

辛口の岩本氏からの賛辞に感涙しつつ、素直に従い、書けるものは全て書き尽くそう。

書籍を書くという行為は、「息継ぎをせずに1000メートルを泳ぎ切る」ようなものだ。人間業ではないとすら言える。書いてみようという気にはなるかもしれないが、書き始めてみると次々と困難が襲いかかってくる。

しかし、ぼくは1度泳ぎ切ったことがあるのだ。今回も途中で溺れそうにはなるかもしれないが、また泳ぎ切ってみせる。息継ぎをせず、とは言うが、途中で足をついてしまうことはある。そんな時は、何事もなかったかのようにすぐに泳ぎ始めればいいだけだ。それは簡単なことのようで、なかなか出来ることではない。しかし、やり通す。

何故、「走る」ではなく「泳ぐ」なのか。文章を書くという行為は、マラソンというよりは潜水に似ているのだ。自分が感じたこと、自分が考えたこと、自分という人間と向き合う必要がある。それは、自分の中に潜っていく感覚なのだ。

ともかく、今年は潜り続ける。書き続ける。今年出来なければ一生出来ないだろう。絶対にやり通す。

『家庭人』

家庭のことはあまりネタにしないようにしている。生活の土台を商品化し始めると、何のために、何処に生きているのかわからなくなるからだ。

2歳になった我が子は「ラピート!!ラピート!!ラピート!!はやい!!!トッキュウ!!はやい!!!」と叫びながら、走り回っている。暴れ回っている。そして、録画してある鉄道特集を一日に五回は見る。

ということを書くと、テレビを見せるのは教育に良くないとか言い始める人も出てくるだろうし、わざわざそれを伝えてくる人もいる。そう指摘された時には、こちらには敵意以外何も生まれない。育児について人と語ることは不毛なのだ。自分の信じているようにやるしかない。

正しく教育された能力の高い子供が、将来幸福になるわけではない。人間に必要なのは、好きなものを好きだと思い、美しいものを美しいと感じ、それを素直に表現する力だけだと思っている。

我が子は、仕事場にしている部屋に向かう時に「いやだー 一緒にいくー! いかないでー!」とはまだ喋れないのだが、そのような訴えをしながら足にしがみついてくる。パパと離れるのが嫌で嫌で仕方がなく、涙を流して嫌がる。しょうがないなと諦めて、しばし遊んであげると、キャハハハと笑いながら「ラピト!ラピート!!!はやい!!!」が始まるのだ。

2歳0ヶ月にも関わらず、右足のシュートはマスターしている。2メートルくらいしか飛ばないが、なかなかのものだ。

そんな日常があるからこそ、ぼくは人の心が明るくなる文章を書こうという気持ちになれる。物書きは、ついつい虚栄心に基づいて文章を書いてしまいがちだ。しかし、それでは駄目だ。足にまとわり付いている小さな生き物が、笑って楽しく暮らせる世界を作るために、ぼくは文章を書くのだ。文章にはそれだけの力がある。正しく使わなければいけない。

今書いているサッカーについての文章が、どういう風に明るい世界に繋がっていくのかについては、明確な答えも導けた。何かの事情で家庭が崩壊してしまったら、きっとぼくは書けなくなってしまう。良い家庭であることは、良い文章を書くということは、ぼくにとっては殆ど同じ事なのだ。

まぁ……ネタにはしないと言いつつも、あまりにもネタになりそうな子供になったら、クレヨンしんちゃんや岳物語のようなものが書けなくもないかもしれない。あるいは、少年サッカーを始めるなどしたら書きたくなることもあるかもしれない。それはその時また考えればいい。本人に相談しつつ。

そして、子育てにはこれからとんでもない額のお金が必要になるようだ。正直途方に暮れそうになるが、暮れている暇はない。

書くしかない!!

『それなりに動けるアスリート』

ここからは簡潔に書きたい。
大学院時代は週5でボールを蹴っていたのだが、2013年の初頭にフリーランスになって以来2~3ヶ月に1度というローペースになってしまった。年齢的にもちょうど体力が落ちる頃だったので、今はすっかり走れなくなってしまった。

もう一度しっかりと身体を作り直す。この年だと自然にはよくならない。フットサル、サッカーやバスケに行く機会を増やす、しっかりとケアをする。栄養を考えて取る。

飲み過ぎなどの無茶をしない。
プレーする時は楽しむことを忘れないようにしつつも集中する。

特にバスケでは、膝の靱帯やアキレス腱などを断裂する深刻な怪我をするリスクがあるので、細心の注意をする。

どこまで本格的に出来るかはわからないが、アマチュアアスリートとしての自分に誇りを持てるような一年にしたい。

大酒を飲んでひっくり返るよりも、全力でボールを追いかけた後にひっくり返る中年を目指す。

『教養人』

ぼくの1番の武器は「教養」のはずだ。
専門知識は乏しくとも、感性と観察力で、一級の文章を仕上げていくのがぼくのスタイルだ。

考えたことを、自分の中、あるいは狭い専門領域に閉じ込めずに、広い世界と結びつけていくのは「教養力」の仕事である。

経済学系で3年。
文学部思想系で4年。
大学院で生物学の研究を4年。

これだけのものを積み重ねてきた。文系も理系も、一定以上のレベルで理解し運用できる上、それにエンターテイメントの味付けも出来る人材はぼく以外にそれほど多くないだろうと考えてもいいような気がする。

とはいえ、「教養」はさび付いていく。常にアップデートしておかないと思索の材料にならない。

さび付かせないために必要なのは、各種の専門書を読むことだ。それは、サブカルチャー的な教養書ではなく、『純粋理性批判』とか『文化人類学の展開』というような学術書にまでアクセスすることが必要だ。あるいは、かつて専門としていた生態学について、忘れないように時折読むことだ。

ある程度気合いを入れていないと読み進められないものだが、その努力は必ず何かに結びつくはず。

『信州通』

今年は、在住者並みの信州通を目指したい。何故と言われるとなかなか難しいところだ。

長野パルセイロと松本山雅という2つのサッカークラブがあるからというのも1つの答えだが、自然環境や文化についても強く興味を覚えている。暑くて執筆できない夏の避暑地としても最適だし、趣味の野鳥観察にも極めて優れた土地だ。ぼくの住んでいるエリアは、海の鳥についてはかなり観察できるが、山の鳥が全然いないのだ。

また面白いクラブが2つもあるから、レジャーついでに仕事もできるのは大きい。

パルセイロと山雅以外にも、上田ジェンシャン、中野エスペランサというクラブもあり、独立リーグの野球チーム信州グランセローズや、バスケットボールBJリーグの信州ブレイブウォーリアーズもある(BJは取材していいものかすらよくわからないので保留なんだけど……)。スポーツ所としても面白そうな土地だ。

温泉もあるし、地理的にも東京から遠くはない。長野にも松本にも良さそうな飲み屋が多かったため、飲み歩いても楽しそうだ。

などというような事情を並べてみるが、それでも何故信州にそれほどこだわるのかという決定的な答えは見つからない。しかし、心惹かれる。他の地方でも、住みたいくらい魅力的な土地はいくつもあったが、この不思議な心の惹かれ方は何だろうか。

これは運命なのかもしれないなどと思いつつ、松本山雅と長野パルセイロについての思いを綴りたい。

『カタコトの語学』

さらに駆け足で。

サポーターと話してみるというのがぼくのスタイルなのだが、今の語学力では国外で同じスタイルを貫くのは難しい。将来的に世界のサッカーを見に行こうと思ったら、カタコトでもいいから話せるようになっておく必要がある。

少しずつでも語学の勉強を始めよう。続けていこう。

『お洒落さん(財力)』

昨年は、衣料費に回す余裕が全くなかったため、着ているものがヨレヨレになっていった。今年も上半期はどう考えても余裕がないので、そのままヨレヨレしているしかないのだが、最終的にはピシっとした服装が出来るようになりたい。

もちろん、お洒落は金じゃない。お金がなくてもお洒落な人はいる。しかし、それはセンスのある人の話だ。ぼくは特にセンスがあるわけじゃないので、ある程度保証された品を買わないと、“みっともないひょうすべ”のようになってしまうのだ。

シャキっとしていたいんだよね。というわけで今年は、お洒落さん(財力)も頑張りたい。


他に、もう少し頑張って社交的になろうとか、ブログの運用を考えようとかいう目標はあるものの、大きな柱としては上記の7つとしたい。

 

 

2015年は、夢の舞台で戦い抜く!

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