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ここは……
どこだ……
私はどこにいるのか……
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……
何か衝撃でも受けたのだろうか。
自分がどこにいるのか、全然思い出せない。
うう……。
痛みに苦しみながらも何とか記憶の欠片を寄せ集める。
優勝候補、鹿島に勝利……。
うう……。痛い……。
記憶がプロテクトされているというのか。
JFKという文字が浮かぶ。
なんだこれは、ジョン・F・ケネディのことだろうか?
うっ……。頭が痛む……。
この3文字についても思い出さない方が良いようだ。
頭痛に耐えながらも、記憶を取り戻す作業を続けていくと、武藤嘉紀が旅立って、石川直宏が怪我をしたあの頃まで遡れば、頭の痛みはないようだ。
どうやら、あのあたりから記憶を失っているらしい。
一方で、最初に観戦した試合はよく覚えている。
対戦カードは、FC東京vs鹿島アントラーズ。2013年10月5日。今はなき、旧国立競技場。
鹿島にボコボコにされて、0-4とワンサイドゲームにされていた。
FC東京は、なんて弱いチームなんだと驚いたものであった。そして、そこから奇跡の逆転をすることもなく、1点を取り返しただけで惨めに敗北した。
ただ、その1点が大きかった。
その時、シュートを決めたのは、先年惜しまれがらも引退した平山相太。
どう考えてもそこから勝てることはなかったであろう。3点差もあったし、時間は10分強しかなかったはずだ。
しかし、平山は自らゴールしたボールを素早く掴むと、必死な形相でセンターサークルへと走って行った。
そして劣勢にもかかわらず、試合を通じて、FC東京サポーターの応援は止まることなく、むしろ加速していった。
後から聞くと「最低の試合だったのでやけくそだった」という意見も聞いたが、とにかくぼくは、その声援に心を打たれた。
平山の真剣さと、FC東京サポーターの声援が、ぼくをJリーグの世界へと誘った。
これはその時のブログ記事。もう4年以上も昔のことだ。
Jリーグを初観戦した結果、思わぬことになった。 | はとのす
しかし、これが大問題であった。
FC東京に所属すると、どうしても身体が斜めになってしまうらしい。
どこかの地方のクラブのように、FC東京を「自分の地域に誇りを持つためのツール」として利用するようなことは出来ない。華の都東京において、FC東京はマイナーコンテンツなのだ。
ある種の行き詰まりを感じる。
FC東京というクラブのために、東京中が熱狂するという現象は起こりそうもない。東京というのは大きすぎる概念なのだ。
5万人が優勝パレードに訪れた川崎市のように、東京都が熱狂することは考えられない。
もちろん、東京が天災、ミサイル、シンゴジラなどによって壊滅的なダメージを負った場合には、復興のシンボルになることはあるかもしれない。
しかし、そうでもない限り、東京は平和だし、東京の人はアイデンティティを揺らされることもない。従って、心の支えも必要としていない。
かつてアルビレックス新潟の認知度が低いときには、みんなで東京にある新潟系の居酒屋を回って、ポスターを張ってもらう活動をしたと聞いた。
FC東京ではこういう現象は起こらないのである。甲府とか、松本とか、大阪とか、広島にFC東京サポーターの小さな集いが出来ることはあるかもしれない。
しかし、東京料理のお店に、ポスターを張って欲しいとお願いに回ることはない。そもそも東京料理というものはあるのだろうか。
全国各地のほとんどの大都市は、みんな東京と同じような風体をしている。多少の差はあっても、日本では、成長した都市はみんな東京のような姿になるのだ。
だから、東京都以外では、東京の姿を探し求めることは出来ない。
どう見ても東京のような街なのに、そこでは東京は欠片も存在しない。路地裏の隅まで探してみても東京への愛など見つかるわけがない。
そもそも、東京にいても東京なんてないのだ。
渋谷とか新宿とか浅草とか、立石とか篠崎とか亀戸はある。しかし、東京という場所はあるようでない。東京駅の周囲ですら、八重洲か丸の内と言う。
東京は地方出身者が上京してくる場所であった時代もあった。今は、そういう時代でもない。憧れですらないのだ。それでもたまに、東京に憧れている人は現れる。そういうタイプの人は、大抵は代官山とか表参道とか六本木とか三軒茶屋に住んでいるので、FC東京都とはエリアが異なる(この見解には昨年一年で積み上げられた偏見が含まれている)。
東京に憧れてきた人は、東京ではなく出身の地域を愛する傾向がある。東京への愛を語る人など見たことがない。大体は東京の悪口を言う。
だから、FC東京のファン・サポーターを県外に増やしていくのは不毛な活動だ。1つのチームに全国的な広がりを持たせるのは、もう時代遅れだということはよくわかっている。読売ジャイアンツの覇権が失われていくのをリアルタイムで見ていたからだ。
東京の中でも手詰まりと感じ、東京の外には当然ながら出て行くのは難しい。世界へ行こうという山っ気もない。
だから、FC東京について考えていると、段々身体が斜めになっていく。もう十分すぎるほど大きいが、伸びしろが広大にあるように見えて、実はあまりないのである。
東京という言葉を掲げるだけでは東京はまとめる事が出来ない。だから、松本のことはとても羨ましい。少し前の話だが、周囲の東京サポーターには、松本に密かに憧れている人がたくさんいたものだ。最近はどうだかわからないが、ぼくは未だに同じ理由で憧れている。
東京オリンピックがどこか寒々としてしまうのも同じ理由だ。東京、すなわち日本ではない。東京に対する憧れもないのだ。
FC東京が、パリ・サンジェルマンとか、レアル・マドリードのような大都市のメガクラブになるような気配は今のところない。皇室の所有クラブになることもないだろうし、巨額の資本が入ることもないだろう。
そして、サポーターも、いや、少なくともぼくはと言わなければならないが、FC東京がメガクラブになって常勝クラブになることも強く望んでいないのだ。
金で何でも集めてくるようなみっともないやり方が好きではないからだ。もちろん、結果として金で選手を買ってくることはある。平均以上には資金力があるクラブだからだ。
しかし、心から好きになるのは、泥にまみれながら這い上がってきた選手なのだ。
何度も大けがをしても、不屈のリハビリを行い再起する。
そして、ひたむきにボールを追い続ける。
チームのために動き、チームのために走り、チームのためにタックルをする。
ペラペラと喋るうさんくさい野郎は好きじゃない。
寡黙ながら、人を愛し、人に優しく、自分に厳しい男が好きだ。
そんな男は、金では買えない。
そりゃ優勝はしたい。しかし、それ以上に、ぼくの心を熱くするチームでいてほしい。
最高に熱いメンバーで、最高に熱い試合をして、苦戦しながらも気合いと根性でしのぎきり、最後の最後で勝利したい。
選手、クラブ、サポーター、地域が一丸となって勝利をつかみ取るのだ。
その結果、普段は人見知りで一言も喋らないやつも、ぼくのようなめんどくさいペラ口野郎も、ゴール裏のガチサポも、みんな涙を流して抱き合う。
美しい夢。
ぼくは、美しい夢を追っている。
しかし、届きそうな気がしていないのだ。だから、少しテンションが下がってしまった。それは、育児とか、仕事とか、ライフステージによる理由が最大のものではある。こういった点については、若いサポーターには絶対に理解できないと思うが、大人ならみんなわかってくれるだろうと思う。
思えば、FC東京を見始めた頃のランコ・ポポヴィッチ監督のサッカーは好きだった。どうかと思ったこともあるが、今思うと好きだった。
ワンツーパスが続き、続き、続いていく。永遠に続くようなパスが回しが展開され、誰もシュートをしない。
サポーターに「シュート打て!」とコールされるまで、シュートをしないと得点できないことを誰も覚えていない。思い出そうともしない。
得点の香りはしない。でも、無邪気な子供のようにボールを回し続けているのを見るのは嫌いではなかった。
それはそれで良かったのだ。
選手の心はパスを繋ぐという意志で一つになってされていた。
ポゼッションサッカーとしての強度はあったし、ルーカス、石川直宏、平山相太などの「槍」は備えていたので、見所も作れていた。
ああ、ルーカスがいたのだ。
ルーカス。
49番。
ルーカスだ。
ああ、そして、書いていたら結構な分量になっていることに気づいたので、前編後編に分ける。続きは明日更新する。
そして、明後日を目処に、先日の開幕戦についての記事を書き、その次にはリバプールの試合についても書きたい。とても忙しい。でも、とても楽しい。サッカーが帰ってきた!そんな気がしている。
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