日本代表ベスト8 ブラジルW杯・対戦国シミュレーション分析が、大変面白かった。この本は、日本代表とワールドカップに関心がある全ての人に心からお勧めしたい。
本の構成
本の要素は以下の2つが主である。
・日本代表が予選リーグで対戦することが決定している「コートジボワール」「ギリシャ」「コロンビア」との対戦についての分析。
・勝ち上がって決勝トーナメントに入った場合に対戦することになるD組(イタリア、イングランド、コスタリカ、ウルグアイ)についての分析。
ベスト8以降については簡単に展望が述べられているのみだ。
予選リーグを勝ち抜き、決勝リーグを1つ勝てばベスト8であり、ベスト16でパラグアイに破れた前大会よりも一つ歩を進めることができる。それが今の日本代表の目標なのだ。
「敵を知り己を知れば、百戦危うからず」
という言葉があるが、この本の内容は「敵を知ること」だ。ぼくの知っている限りでは、今読めるもののなかで最も詳しく説得力のある内容になっている。サッカー好きならばワクワクすること間違いない。
ちなみに「味方を知る」という観点からも共著の本が発売されるらしい(3月6日発売)。河治さんの記事も気になるが、鹿島アントラーズを中心に取材している田中滋さんによる『大迫の「決定力」』という記事がとても気になっているので、これも購入するつもり。
さて、『日本代表ベスト8 ブラジルW杯・対戦国シミュレーション分析』を勧める最大の理由は、著者が河治良幸さんであることだ。
河治本との出会いと、お勧めする理由
ぼくが真面目にサッカーを観戦し始めたのは割と最近のことで、「EURO2012」の時からだった。
当時在籍していた大学院で打ちのめされてボロボロになっていた時期で、「人生を変えるにはサッカーに全力で取り組むしかない」と「無根拠に」考えて、ある日を境にサッカーのことばかり考えるようになった。
そんな時期にちょうどやっていたのが「EURO2012」で、民放で世界最高峰の試合が観れると聞いて飛びついた。これが面白くて一気にはまってしまい、試合によっては3回も4回も繰り返しみた。特に気に入ったのがイタリア代表だった。ピルロですらよくわかっていない状態だったのだが、どういうわけかイタリア代表とは「気が合った」のだ。いつの間にかイタリア代表を応援するようになっていた。
ピルロの長い縦パスをディ・ナターレのおじさんが決めたシュートは最高だったし、ドイツとやった時の、バロテッリの二発にも心底痺れた。
ぼくが、サッカーを観ることが好きになった切っ掛けが「EURO2012」なのだ。
そして、試合を観ると、試合についての講評も読みたくなるもの。その時に出会った雑誌が「Footballista」で今でも愛読している。
その時に大事に読んだ本がもう一冊あった。その著者が河治良幸さんだった。
この本が実にクレイジーな本だった。内容は、決勝戦となったイタリアvsスペインを、一冊かけて解説し尽くすというものだった。
「一試合の解説を一冊の本にまとめるなんて、クレイジーにも程がある!! なんでそんなことが出来るのだ!!」
などと叫びつつもあっという間に読み終えてしまった。
1つのサッカーの試合についてそこまで語れるものなのか。サッカーという競技の奥の深さに驚いた。好きになり始めたサッカーがさらに好きになった。今となってはサッカー記事まで書くようになってしまったのだが、その根元の原因となった本だった。
当時衝撃を受けた本はあと二冊あるのだが、話の本筋ではないのでタイトルだけの紹介としたい。
このように、自分の中では「伝説の著者」となっていた河治さんだが、新著のプロフィールを読んでみるとこれだけ詳しいのにも改めて納得させられる。
箇条書きで要点を書いてみると以下の4つ。
・大学院博士課程卒、サッカージャーナリストへ
・『エル・ゴラッソ』で日本代表記事を担当
・CL、W杯、コパ・アメリカ、ユーロなど世界各国の大会を取材(それ以外ももちろん取材している)
・アーケードゲーム『WCCF』シリーズの選手プロフィールの提供
ぼくが凄いと思う点は、尋常ではない取材量をずっと続けてきていることと、「ゲーム」のプロフィール提供をしていること。ゲームにはとんでもない数の選手が登場するわけだけだが、その「全て」の選手の特徴を把握することは、常軌を逸しているレベルでサッカーを観ていないとまず不可能な芸当だ。
その河治さんが書いた本なので読んでみるとやはり内容が尋常ではなく濃厚だ。
W杯に関心がある全ての人にとって必携の本
この本の最大の特徴は、記述内容すべてに確かな根拠があるため、強い説得力があることだ。サッカーという競技には曖昧なところがあるので、うすらぼんやりと誤魔化してしまうことも不可能ではない。しかし、この本は違うのだ。読んでみるとわかるのだが、曖昧な部分がほとんどない。
例えばコートジボワールの英雄「ドログバ」対策について書かれた場所ではこのようになっている。
ドログバ対策はボランチが鍵
ドログバをターゲットとしたロングボールは大きな脅威だ。コートジボワールはスタートからボンボンとロングボールを蹴るスタイルではない。ドログバも通常は中盤を軸としたパスワークに応じて、ウイングやトップ下のヤヤ・トゥーレと流動しながら、グラウンダーの縦パスを受けチャンスの起点となっている。
ただし、チームが深い位置での守備を強いられた直後の攻撃などえは前線から味方を呼び、開いてDFを背負いながらロングボールを体に収める、あるいは周囲の選手にボールを落として押し上げる役割を果たしているのだ。
日本はハイボールに対して原則的にセンターバックの吉田麻也が出て競り……
短い文章だが、この記述の深みがわかるだろうか。ドログバや、ヤヤ・トゥーレなどの選手の特徴に詳しいのはある意味では当然だが、コートジボワールの代表戦での連携もしっかりとチェックしていて、それを踏まえた上で日本代表とのかみ合わせを論じているのだ。
読み進めてみるとわかるのだが、著者はこんなにもサッカーの試合を観ているのかと唖然とさせられる。著者の河治さんとはぼくも何度かお会いしたことがあるのだが、あまりにも博識なので圧倒させられてしまうほどだった。
この本の記述が説得力があるのは、ドログバのような有名な選手だけではなく、普通のサッカーファンではなかなかチェックし切れない選手の特徴と戦術上の役割を詳しく把握していて、それを踏まえた上で分析を行っているためなのだろうだ。
ある意味では「マニアック」とも思える部分もあるかもしれない。例えば、ギリシャ代表の右サイドバックであるトロシディスからの連携について説明してあるところは、知っている選手が全く出てこないので最初はよくわからなかった。
しかし、勉強する価値は大いにある。これはワールドカップで日本代表が対戦する相手の話なのだ。いくら知っていても知りすぎということはない。
これらの試合を深く理解していれば、未来永劫深く噛みしめることができる。
これだけのビッグイベントを素通りするのはもったいない。是非積極的に知識を取り入れて勉強して欲しい。
『日本代表ベスト8 ブラジルW杯・対戦国シミュレーション分析』は、日本でトップクラスのサッカー通であり分析者でもある河治さん(と言い切ってもいいと思う)による、渾身のワールドカップ分析本である。
何度も読み返して「勉強させて頂く」価値がある。宝石のような本だ。
ただし、この宝石はワールドカップが過ぎてしまうとちょっと輝きが落ちてしまう。今が旬なのだ。今読むべき本なのだ。
今すぐ買って1回読んで、ワールドカップ前にもう一度読み、試合の前に該当箇所を読み直す。ぼくはそういう読み方をしようと思う。
勉強になるとかならないとかいう堅苦しいことは抜きにしても、サッカー好きなら誰でも楽しめるワクワクする内容となっている。
全てのフットボールを愛する人にお勧めしたい。フットボールに興味があるだけの人にもお勧めしたい。
「この本をいつ読むの?!」
(以下略)