先日開催されましたのは、第四回ねこじたブックカフェでございます。
この集いは、駄話の中から転がり出てきたテーマに基づきまして、各々が一冊ずつのお気に入りの本を持ち寄り、その本への愛情をゆるりと語り合う会にございます。
今回のテーマはSFにございました。
主催者の片割れ、南慎介の言葉を引用致します。
第4回のテーマは【SF~すこし不思議な本】です。
SFです!
スペースファンタジー、サイエンスフィクション、すこし不思議、なんでもOK。なにか現実と少し異なった、不思議な素敵な世界観の本をお持ちください!
このように、SFといっても、サイエンスフィクションに限らず、SFと読めれば何でもありという緩いくくりを用いていた。
ところで、わたくし中村慎太郎が、かのような文体にて、この記事を書き散らしておりますのは、とある小説を読んだことが発端です。
文体というものは伝染するものなのです。
そのため、我々物書きという人種は、他人の文章を読むときは、口をぎゅっと引き締めて、自分との間に太いラインを引くこととなる。そうしないと、誰かからもらってきた情けない文体を用いて、自分の思想を語る羽目になってしまうのです。
とはいえ、肩肘を張らずに、うつされるがままの自然体にて、書いてみるのも面白いように思います
さて、そろそろ、どのような読書会であったのか、1つ覗いてみましょうか。
会場は新宿三丁目、SCOPP CAFE。
あまり綺麗とは言えないビルの地下にある空間で、その一番奥に位置しているソファー席をどでんと占拠して読書会を行った。
非常に落ち着いた雰囲気であるという長所と、あまりに落ち着きすぎてなかなか先に進まないという短所を併せ持った癒やしの空間であった。
小腹が空いたので、豚肉のしょうが焼き風のプレートを注文した。しょうが焼きではなくしょうが煮であったかもしれない。出汁の味がよく出ていて非常に美味しかった。
星を継ぐもの
SFの名作小説であり、SFのよいところが集まっている作品らしい。
紹介者によると、SFやファンタジー作品は、世界観に入るための「前置き」が重要で、そこがうまくいっていないと世界に入れないとのことでした。そして、この作品は「前置き」が非常に良いと紹介であった。
「前置き」、すなわち、物語の導入部分に「子供的なワクワク感」がでているのが非常に良いとのことでした。
ストーリーも謎解き要素が強く、引き込まれる内容だと力説されておりました。
まさしくSFの王道というべき作品!!
この本は読んでみたい! そう思わせられる作品でございました。
夜は短し 歩けよ乙女
この作品は、南のおじさんが紹介したものであるが、かつてないほど説明が難しかった。
「たまにはガチで紹介させろ」だそうなので、放っておいて語らせておいた。
この本は「マジック・リアリズム」を使って書かれた本とのことであった。
マジックすなわち魔法というのは、異世界に所属するものである。しかし、作品によって「魔法=日常、当たり前のこと」と捉えるか「魔法=非日常、異常なこと」と捉えるかどうかは異なるらしい。
「マジック・リアリズム」というのは、魔法が当たり前になっている作品のことを指す。
この作品は、仮装の京都を舞台にした作品であるのだが、ありそうでないというお笑い用語でいう「あるない」的な物語になっている。いそうでいない馬鹿馬鹿しい人々が溢れるファンタジー空間を、それを異常なものだと考えずに放浪する話である。
南氏によると、この作品では「恋」のスパイスによって、本来は「変」であることをすっかり受け入れてしまうところに物語の妙味があるらしい。
我々は「夜は短し 歩けよ乙女」は「大人の絵本」であるという結論に至った。絵本の世界では、例えばライオンと鹿が楽しそうに話していたりすることがある。これは現実ではありえないことではあるが、絵本の世界では成立している。世界観はルールであり、そこに対して誰も突っ込みをしないのが絵本の世界なのである。
一方で、「おいおい、この漫画でそういうことやる?」とか「これは死亡フラグなのか?!」とか「作者は何を考えている!!!」などと、物語の中の住人が世界の枠組みに対して抗議する作品も多くみられる。そういうのは何と言うのだったか…… 超現実主義だったか、疾風怒濤だったか…… 文学部を出てだいぶ経つのですっかり忘れてしまった。
とにかく、こういった「ちょっと変」な世界に入り込みたいという願望は、変ではないけど世知辛い日常を生きる我々には強く根付いているものであるようだ。
パン屋襲撃
コロリとサイコロをころりと転がすと、麗しきお嬢さんの出番となった。
「この本は、短編集なのですが、その中の「象の消滅」についてご紹介します。不思議なんです。だって象が消滅しちゃうんです。」
一瞬の間をおき、大きな笑いが巻き起こった。
「そうですね。不思議ですね。」
猫が消えるのであれば理解が及ぶが、象が消えるとなると確かに不思議である。
このプレゼンテーションは、ねこじたブックカフェ史上最も説得力のあるものとして記憶に刻まれることとなった。
STAR WARS A POP-UP GUIDE TO THE GALAXY
この本が、どすんと目の前に出てきた時に、我々一同は歓声をあげて喜んだ。
スターウォーズの「飛び出す」設定本である。これは凄い本だ。
本というと、字が書かれていて、そこに思想や情報が書き込まれているものである。しかし、この本は、別の楽しみ方を提供してくれる。
今回初参加となる紙細工を生業にしている方が紹介してくれたのだが、本の楽しみ方の一側面を教えてもらったような気がしました。
持ってきて頂いたのは英語版であるが、日本語版のリンクを貼っておく。
思い出のとき 修理します
シャッター街と化した商店街の1つに、古い時計屋さんがある。
「思い出の時計 修理します」という看板が出ているのだが、「計」という字が落ちてしまっているため、「思い出の時 修理します」と書かれている。
この店を継いだミステリアスな若い男性がおりました。
彼の元を訪れた1人の女性は、都会の暮らしにすっかり疲れてしまっていた。そんな折りに訪れたのが、この時計店であった。
この物語の肝は、時計を修理する際に、過去の思い出も修理してしまうことらしい。まるで小さな魔法をかけたように、困った現実が直ってしまう。
話を聞いて、カウンセリング的な力なのかと考えたが、どうやら本当に魔法的な力が小さく働いているとのことであった。
大人の女性にとって強く共感できる本とのことだった。なんと27万部も売れているらしい。
実録ドラッグリポート
わたくし慎太郎が洒落で持って行った本。
すこしふしぎな世界へようこそ。
我々は世知辛い世界に生きており、魔法の世界には行くことはできない。
しかし、唯一行ける方法がある。それがおクスリである。
当然推奨できないが、どういう世界なのかは興味がある。
クスリの世界を描いた作品は多いが、「限りなく透明に近いブルー」を読むよりは、このドラッグリポートを読む方がより実態に迫れると思い紹介した次第です。
地底旅行
ドラッグリポートは洒落なのですぐに引っ込めて、本命を取り出した。
ジュール・ベルヌの名作「地底旅行」である。
この作品を知らない方は、ディズニーシーの「センターオブジアース」の元ネタになった作品と言えばわかる人もいるのではないだろうか。
初めて読んだのは小学生の時だったが、この作品に描かれる冒険に息を飲んだものだ。
世代を問わずに男性陣全員にお勧めしたい本。
男の子気持ちがわからなくて困っている子育てママや、子供の頃男の子に混じって遊んでいたような女性にも強くお勧めしたい。
冒険こそロマンなのだ!!!
目指すは地球の中心。数多の困難が待ち受ける前人未踏の地を目指して踏み込んでいくのだ。
しかし、冒険には危険が付きものだ。
わずか三名の冒険隊は危機に陥ってしまう。
最後の食料を前にし、今にも命は尽きようとしていた。その時、隊長たる科学者、リーデンブロック教授は言った。
意志を持った人間であれば、心臓が動いている限り、肉が動いている限り、絶望に陥ることなどわしは認めん!
巡り会えて良かった最強のSF本。自分の息子にも絶対に読ませたい。
ついでながら、アイスランドの描写や、アイスランドの寡黙な猟師ハンスも非常に魅力的であることを付け加えておきたい。
このように紹介された本が出そろうと、スターウォーズ本のインパクトの強さに驚きが隠せない。
今回のねこじた賞には、「星を継ぐ者」が選出された。
作品の魅力を上手に伝えるプレゼンと、SF作品の王道たる「宇宙もの」であることもプラスに作用したものと思われる。わたしが紹介した「地底旅行」もいい線まで言ったのだが惜しくも敗れてしまった。思い入れが強い本のほうが逆に紹介は難しいようだ。
サブテーマはつまらなかった本であった。
全員が思い思いの、「今までで一番つまらなかった本を出す」という試みで、これが非常に楽しい試みであった。
この本はなんてつまらないのかと熱く語るのは、これまでの人生で蓄積してきた鬱屈とした暗い心情を全て放出するが如きカタルシスを得ることができた。
かのように第四回ねこじたブックカフェは幕を下ろすことになった。
この読書会の後、主催者の片割れである南ちゃんから「これ読んでみたら?」と、渡された本が夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)であった。その結果、今回の記事は、普段とは違った文体で書く羽目になりました。
時にはこういうのも悪くなかろうと、猛々しき盗人のように開き直り、美酒と冒険を求めて、今宵も街を徘徊する次第で御座います。