アフタートークに出演予定の舞台「Lucifer」。
作家・演出家の南慎介氏にお誘い頂き、舞台稽古を見学してきた。
率直な感想を言うと……
サッカーに関心がある人、全員に強くお勧め!!!
ボスニア・ヘルツェゴビナ代表がワールドカップに出場を決めた時、イビチャ・オシムが泣いた理由がわかりますか?
知っている人はいるだろうと思う。しかし、オシムと同じような気持ちになれた人はいるだろうか。実感が湧いた人はどれだけいるだろうか?
この舞台を観ることで、サッカーをより深く、肌身に染みこませることが出来るのではないかと感じた。
そういう意味で、サッカーに関心がある人なら、絶対に損はしない。
是非観て欲しいと思い、記事を書くことにした。
ぼくが見たのは、大道具もないし、小道具とかも恐らく全部は揃っていないであろう状態の通し稽古だった。照明もずっとついたままなので、「暗転!」などと大声で叫ぶことで、進行していった。
稽古の現場に行くのは初めてだったのだが、それはサークルの集まりのように和やかで楽しそうであったし、同時に、人生を賭けて本気で演劇をやっている人達の熱さも伝わってきた。
あくまでも稽古の状態なので、大雑把な雰囲気しかわからなかったが、話の筋は一通り理解できた。
思えば、南慎介作の演劇を何本も見てきたが……
いくつ見たんだっけ?
10年くらいの間で、恐らく1年に1作は観ているので、計10作くらいだろうか。
その中で、最高傑作になる可能性が高い。
そのくらい面白かった。
もうちょっと具体的に話しをしよう。
あらすじ
Ammo vol.1「Lucifer」 | Ammo]
誰もが彼のプレイに夢中だった。
シルクのように滑らかなボールタッチ、一度ボールを持ったら離さない利己的なドリブルは悪魔的でさえあった。
敵も、味方でさえも彼に魅了された。将来を嘱望された選手だった。
イリヤ・ペトロヴィッチ。彼は、ある日突然消えた。
この消えたイリヤ・ペトロヴィッチを、追う「回想ミステリー」として物語は進行していく。
内戦が起こる前にボスニアを訪れ、イリヤや村人達と交流していた日本人のサッカーライター酒井。この人物を媒介として、我々は遠いボスニアへと誘われる。
このライターのモデルは、宇都宮徹壱さんなのだそうだ。もちろん、完全にそのものではなく、訪れた時期も年代も異なるが、イメージは宇都宮さんとのこと。
宇都宮さんが殆ど言葉もわからずに、カメラ片手に旧ユーゴ圏を旅した記録は、この本にまとめられている(幻のサッカー王国―スタジアムから見た解体国家ユーゴスラヴィア)
イリヤ・ペドロヴィッチのモデルがいるかどうかは聞かなかったのだが、激動する歴史の中で表舞台に出なかったために知られていない天才選手というのは、確実にいたはずだ。
イリヤには、良きチームメイトがいた。それが、シーナ・アクシシャヤ。シーナが、プレミアリーグの選手となり、トヨタカップに出場するために日本を訪れた2004年。酒井が、インタビュアーとして、シーナの元を訪れた場面から物語は始まる。
あの時、イリヤ・ペドロヴィッチはどうしていたんだ?
複雑な舞台設定と解決方法
旧ユーゴスラヴィア圏を舞台にした演劇をすると聞いた時、ぼくは素直にこう思った。
「まーた、そんなマニアックなテーマに手を出して…… そんなややこしいものどうやってまとめるつもりだよ」
しかも、ボスニアに暮らしていた「サポーター」を中心に物語を作りたいという。
「サポーター」に興味を持ったのは、ぼくのブログ記事(Jリーグを初観戦した結果、思わぬことになった。 | はとのす)から始まったことのようだが、そこから何かに火が点いたらしい。
旧ユーゴスラヴィアは非常に複雑な地域で、ぼくも全体像を把握していない。いや、日本人でちゃんと説明できる人はどれだけいるんだろうか?
世界史選択者ならある程度わかるのかもしれないが……
もちろん、構造について通り一遍の理解をしている人はいるかもしれない。しかし、深く、実感のある理解をしている人は少ないような気がする。
その複雑さについては、有名な一節を紹介すれば十分だろう。
「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家」
ボスニア・ヘルツェゴビナは、6つの共和国の1つで、ボシュニャク人、セルビア人、クロアチア人、少数民族が生活している。宗教は、イスラム教、カトリック、正教……
などという講釈を、長々とされたら溜まったものではない。それでは、催眠装置的な舞台になってしまう。
だから、舞台を見はじめる前には、「複雑でとっつきづらいテーマをどうやって馴染ませるか」が焦点かな、と思っていた。
通し稽古を見た結果、どうであったかというと……
この点が、実にうまく出来ていた。非常にわかりやすかった。いや、ほんとよく考えたものだと感心してしまった。
先ほど、歴史の中に消えていった天才サッカー選手イリヤ・ペドロヴィッチを追う「回想ミステリー」という説明をしたが、この構図にあっという間に巻き込まれてしまった。「イリヤって誰なんだ!」から始まり、「イリヤはどうなったんだ!」となり、最終的にはイリヤ・ペドロヴィッチのことばかり考えるようになっていた。
イリヤを強力な“クサビ”として、遠くてよくわからない国であったボスニア・ヘルツェゴビナに自然と入っていくことが出来た。「複雑な人種構成」についても、ストーリーを追ううちに、肌感覚として感じられるようになっていた。
この劇を見終わった後となっては、ボスニアが抱える複雑さについて、実感のある理解が出来るようになったような気がする。
もちろん、劇はフィクションだし、細部はデフォルメされているだろうから、厳密に言うと違うという部分は多々あるんだろうと思う。それに、複雑な問題であるため、わかった気になっているだけだと言われたら、その通りだろう。それでも、「ああ、こういう感じだったんだな……」と実感が湧いてくることは間違いない。
本当はもう少し詳しい感想が書きたいところだが、公開前なのでこの程度しか言えないのがもどかしい!
地元サッカークラブのサポーターが登場するという設定も非常に効いていて面白いし、実際にJリーグで使われているチャントを元にしているため、臨場感もあった。サッカースタジアムで味わえるあの興奮が、そこには確かにあった。
この劇を切っ掛けに、スタジアムに行ってみたいと思う人もいるかもしれない。
役者陣も、勉強を兼ねてスタジアムに訪れ、今ではすっかりJリーグが気に入ってしまった方もいるそうだ。
Luciferが接続する世界
Luciferという作品の裏にあるというべきなのか、先にあるというべきなのかわからないが、確実に我々が今過ごしている世界と繋がっているように思う。我々が今愛しているサッカー、あるいは、フトバル(で発音はあってるかな?)と関係している。
冒頭シーンから登場するプレミアリーグ所属の“シーナ・アクシシャヤ”のモデルは、ボスニア出身のストライカー“エディン・ジェコ”(マンチェスター・シティ)なのだそうだ。
毎日新聞の記事にはこう書かれている。
誰よりも勇敢で、冷静で、責任感が強く、周囲に信頼される−−。身近にいた2人のサッカー関係者の証言から浮かび上がるのは、どこか老成した若者の姿だ。09年からは同国で初となるユニセフ親善大使もつとめている。先月、120年に1度という大洪水に見舞われた際も、自ら救援物資を手に被災地に足を運んだ。我々には想像しがたい幼い頃の体験が、彼を支えているのだろうか。 ブラジルW杯:初陣ボスニア エース・ジェコ戦禍越え輝き - 毎日新聞
エディン・ジェコの「我々には想像しがたい幼い頃の体験」、その一端をぼくも感じることが出来たのかもしれない。
あるいは、2014年、ブラジルワールドカップにボスニア代表が出場を決めた時、オシムが涙したことをご存じだろうか。
オシムの目に涙! 悲願達成したボスニア|コラム|サッカー|スポーツナビ
写真もこちらのまとめサイトに掲載されていた。
イビチャ・オシムが涙! ボスニア・ヘルツェゴビナがW杯本大会初出場決定! : footballnet【サッカーまとめ】
この記事を読んだ時、ぼくも涙ぐんだことを覚えている。「オシムさん、良かったね、頑張ったんだね」と。
しかし、Luciferを観た後にこの記事を読み直すと、もっと深く重いものを感じる。泣くに泣けないが、ちょっと気を抜くと号泣してしまいそうになるような、複雑な感覚になった。
この作品は、間違いなく、我々が見ているサッカー、あるいはフトバルと接続している。
舞台稽古を見終わった後、感想を求められた。
しかし、ぼくはうまく喋れなかった。
「驚異的に面白かった」
と、涙を浮かべながら語った。
まだ、完成した状態を見たわけではないが、良い作品になりそうだ。
チケットにはまだ若干の空きがあるので、興味がある人は是非観劇に訪れてみて欲しい。
【公演日程】
10月31日 19:00~
11月1日 15:00~、19:00~
11月2日 19:00~
11月3日 11:30~、15:00
【アフタートーク】
10月31日19:00〜 中村慎太郎(作家)氏
11月1日19:00 千田善氏(翻訳家、国政政治学者。イビツァ・オシム前サッカー日本代表監督)
南慎介(twitter)
Ammo(twitter)