第四話 「空の上からザックジャパンを思う」
恐ろしきはサンパウロ
ドバイ経由でサンパウロに入り、宮城県人会で一泊。夜のサンパウロは正直怖かった。本当にモンスターが出そう。
引率してくれた井戸さんは、ポルトガル語とスペイン語に堪能で、ブラジルにもしばらく住んでいたことがある人なのだが……
「駅から宿までの間は、全力で警戒して下さい。後ろも時々振り返ったほうがいいです。」と真面目な顔で言った。
選んだ道が悪くなかったので、危ない思いをしたわけでもないし、やばそうな人にあったわけでもない。にも関わらず、危険な香りが怖いくらいに突き刺さってきた。
なんでなんだろう。モンスターが潜んでそうな気配がすごい。流石にカメラを出す気にはならずに撮影も出来なかった。県人会の入り口は高さ3~4メートルの鉄格子になっていて、合図すると中の警備員が開けてくれるようになっていた。
要するに「このくらいやらないと守れない」ということを表しているのだ。
リオデジャネイロのパブリックビューイングへ
所変わって、翌日はリオデジャネイロのコパカバーナという場所に来た。様々なトラブルに遭う大変な日だったのだが、書いている時間がないので割愛。
丸一日移動に費やし、やっとリオのホテルについたのが16時30分。開幕戦のカード「ブラジルvsクロアチア」が始まる30分前だった。
我々は男5人の一行であったのだが(ややこしいことに一緒にいるメンバーが半日単位で移り変わっていく)、部屋で試合をみても面白くないのでどこか外へ出ようということになった。
リオはサンパウロよりも治安が悪いと聞いていたので、部屋で見ようかと思ったのだが、引率者として、サンパウロ在住でポルトガル語が完璧なFさんが強く勧めることもあって外に出ることにした。
リオ在住の日本人女性で観光ガイドをしている方がいたので、「これから浜辺のパブリックビューイングを見ようと思う」と告げたところ、こう言われた。
「大事なものは一切持っていってはいけません。クレジットカードやカメラ、時計もしないほうがいいです。十分警戒して下さいね。」
地元民にそこまで言われると正直怖くなるのだが、とにかく行ってみることにした。ただ、ぼくの場合はカメラが必須だった。日本で記録用の安いデジカメを購入してあり、このカメラなら取られても大勢に影響はない。
カメラを首にかけ、服の下に通した。膨らみが目立たないように工夫したので見つかることはないはずだ。
急いで準備をして部屋を出る。
警戒度を最大値まで高める。周囲の声に耳を澄まし、怪しい視線もチェックする。時折、後ろを振り向いたり、さりげなく左右に視線をやったりしながら進んでいった。
<CM>
そういえば、初めて浦和レッズのゴール裏に行ったときも同じレベルの警戒をしていたのを思い出した。今となっては笑い話のようだが、当時は真剣で命の危険すらあると思っていたのだ。
その時の模様は「第四節ナビスコカップ決勝、浦和レッズのゴール裏にて」に掲載されている。
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<CM終>
さて、我々はホテルから約100メートルの位置にある海岸まで出た。
浜辺のパブリックビューイング会場に入るのは難しそうだったが、道路からでも覗き見することができるようだった。
既に黄色いユニフォームを着たブラジル人達が集まっていた。リオデジャネイロの夕日は美しかった。空気が澄んでいるせいなんだろうか。
我々一行は、路上で販売しているおじさんから缶ビールを買った。
何か言われたので、恐らく数だろうと思って「ウン(1つ)」というと当たりだった。ポルトガル語はよくわからないが、適当にやると結構通じるものだ。あっちも適当だからなんだろう。
飲み始めると試合が始まった。我々は一番安全そうな特等席に陣取った。どこだかわかるだろうか?
それは、パトカーのすぐ隣。悪人よけにはもってこいの場所だ。ビールの缶を開けて乾杯しつつ、日本人仲間で話ながら見ていたのだが、どうもピンとこない。ぼくが興味があるのは、ブラジル人がどのようにサッカーとワールドカップを捉えているかなのだ。
少し離れてみながら、何枚か写真を撮った。周囲を警戒しつつ撮影し、素早く隠し、少ししてから周りをみて、こちらに注目している怪しい人物がいないかを確認した。目が合う奴が犯人かもしれない!!
と思ったのだが、この日はほとんど誰とも目が合わなかった。みんなスクリーンを見ているか、友達の顔を見ながら談笑していたからだ。
もっと一生懸命応援したりするのかと思ったのだが、そういう雰囲気ではない。ぼくがいたエリア(PV会場の外の道路)にはゆるくサッカーを楽しみたいという人達が集まっていたのかもしれないが、遠くの方からもチャントのような旋律は聞こえてこなかった。
パブリックビューイング会場とこのエリアには2車線の道路が隔っていた。しかし、会場の熱が高まったせいか、あるいは試合開始と何からのコントロールがあったのか、その道路も黄色いユニフォームで埋まっていった。
次第に人が満ちていく。興奮する時間だ。と同時に、危険性も高まっていく。何せここはブラジルで、治安の悪さは世界でも指折りなのだ。
我々と会場を隔てていた道路に入れるようになったので、少し前に進もうと思った時、右側のほうから次から次へと人が走ってきた。慌てて逃げてきたという風だった。
凶器を持った暴漢でも現れたのかと思いきや……
デモ隊登場!
武装警察だろうか、バイクがたくさん現れて、その向こうで旗が揺れている。
W杯反対のデモ隊が突然乱入してきたのだ。
我々と会場を隔てていた道路から、再び黄色いユニフォームがいなくなった。みんな素早く逃げたのだ、この逃げ足の速さが、ブラジルの治安の悪さを表していると言えるのかもしれない。
我々も会場を去ることにした。危険だ。ここにいてはいけない。
と、同時に、これから何が起こるのかを見届けたい気持ちが湧いてきてしまった。武装警察も随分といるから、様子を見ながら遠目に見ていればそれほど危険はないだろう。
武装警察は、一撃で人間を殺せそうな太い警棒を持ち、腰には短銃を差していた。時折、自動小銃を持っている武装警察もいた。目の前で自動小銃を見たのは初めてかもしれない。
(武装警察といっているが、軍警察のようなものなのかもしれない。後で詳しく調べたい)
「ぼくは別行動します。ホテルで会いましょう」
と告げると、ブラジルをよく知るF氏は呆気に取られたような顔をしていた。それだけ言うと、デモ隊が見やすい場所へと移動した。
次第にデモ隊が迫ってくる。
このような横断幕を出して行進してきた。白い方の旗には、ワールドカップ反対というような意味が書かれていることを理解することが出来た。
白い旗が進んできて画面が見えなくなった瞬間、暴れたり、怒ったりする観衆がいるかもしれない。万一そうなった場合には、ダッシュで逃げよう。ウォーミングアップに小さく屈伸をした。
ところが……様子が変だ。このラブラブカップル。この会場では珍しくなくて、みんなぺったりくっついて、時々チュッチュしながら観戦していた。でも、この場合はちょっと異様で、カップルのすぐ目の前にデモ隊が通過しているのだ。
取材用のマイクが映っているのが見えるが、その下はデモ隊だ。ラブラブカップルの隣にも女性がのんびり観戦している。写真には撮っていないが、ぼくのすぐ横には談笑しながら観戦している男性がいた。
なんだこれ。
なんだこれ?
あまり警戒しなくてもいいのか?
それとも突然恐ろしいことが起こったりするのか?
混乱した。
混乱はしたが、女性陣が全く恐れることなく観戦を続けていたので、ぼくも少しだけ警戒を解くことにした。
デモ隊は、ぼくの前を通り過ぎて、しばらく行った後戻ってきた。デモ隊の周りにはメディア関係者が付いて来ていて、ガスマスクやヘルメットなどをつけていたので、物々しい雰囲気であった。
1分0秒~ ラブラブカップルがそのまま見ているところ。
1分14秒~ 緊張感なくポップコーンを食べる女性。奥には談笑するカップル。とても楽しそう。次に映るのは防具を固めたメディア。
2分過ぎから 通り過ぎていくデモ隊の前で、飲み物を売る男性。
3分7秒 インタビューをするメディア。インタビューを受けているのは現場にいた観客ではなくてレポーターか、デモ隊の人。服装が全然違うのでわかる。
3分30秒頃から。
これが一番重要。
デモ隊が去って行くと、道路にスペースが出来てきた。
そこを少しずつ観客が埋めていく。
そして、このタイミングで、ブラジルが得点し1対1の同点に引き戻した!!!
今までのデモが何事もなかったかのように大騒ぎする観客達。カメラワークが悪くて見づらいのだが、隙を突いて襲われる危険性を考えて、警戒していたためだ。ご容赦願いたい。
開幕戦で、大都市リオデジャナイロのパブリックビューイングにデモ隊が突入するというセンセーショナルな出来事があった。ぼくはその現場にいて一部始終を目撃した。
しかし、それほど大した出来事を見た気がしない。
W杯反対デモは茶番劇である
デモが終わると、背広を着た人物が、デモ隊の人物と笑顔で握手をしていた。
読めた。このデモは茶番だ。
腐敗した政治に対して、民衆が怒りの声を上げていると報道されているが、少なくともぼくが見たデモに関してはそういうニュアンスはなかった。
デモ隊はやる気がなかった。飾りっ気のない普通の人達が、無表情で歩いていただけだった。本当のデモってのは、もっと歩いている人から怒気が発せられているものだ。
デモ隊から発せられる音の小ささを聞けばよくわかる。このくらいの音量ならばJリーグのサポーターが5人もいれば十分に凌駕することが出来るだろう。
恐らく野党側が、現政権を批判する材料とするために、デモ隊を動員し、メディアを呼びつけたのだろう。
唐突に現れたデモ隊の前を、武装警察のバイクが先導して道を空けていたし、メディアは最初からフル装備をしていて、ぴったりと横について来ていた。
全長は30メートルくらいだったように思うが、横断幕が出ていたり、声を出していた人がいたりしたのは、そのうち5メートル程度という印象で、残りはダラダラと歩いているだけだった。
デモ隊の多くの人は怒っていないし、邪魔された観客も怒っていない。しかし、思えば一瞬だけデモ隊に対するブーイングが湧いてきていたような気がする。ほんの10秒程度のものだ。
しかし、ぼくの周りにはそもそもデモ隊に関心を持っている人がいなかった。
ちょっと飛躍があるかもしれないが、ブーイングをしたのは“サクラ”なのだが、そこをうまく切り取って、音声を増幅して、あたかも観客とデモ隊が衝突したかのような体裁を整え、報道するのではないかという疑いの気持ちが生まれた。
ぼくは現地の報道を確認することが出来ないのだが、もし激しいぶつかり合いがあったというような内容になっていたら、それは明らかに「意図ある過剰演出」に基づくものだ。
サッカーが大好きで陽気なブラジル人が、ワールドカップに反対するというのは、我々外国人にとっては非常に強烈な印象があった。もちろん、本気で怒って反対している人もいるのだろうが、ぼくが見たデモに関してはただの茶番であったと判断した。
※W杯反対のデモについてはこの記事が秀逸。
ブラジルの現状
ワールドカップのマスコット人形を恐らくネガティブな方向に加工したものを手にとって、「さぁ写真を撮ってね」と待つ女性。
1分以上やっていた。メディア以外誰も関心を持っていない。茶番であった。
夜のパブリックビューイング
ハーフタイムに1度ホテルに戻って、スマートフォンを持った。警戒しても意味がないのだ。何故なら周りの人はみんなスマートフォンをいじっているからだ。
といっても、「夜」からこの場所に来た人は恐怖を覚えたかもしれない。
武装警察が守っている様子。とても強そうだ。近くで見ると胸板の厚さなども半端じゃない。戦ったら絶対に負ける。
裸のいかつい男性が闊歩していたし、町の雰囲気も恐ろしげに見える。しかしよく見ると子供もいるのがわかるだろうか。
この写真は、パブリックビューイングに背中を向けて撮ったものである。では、画面のほうに振り向くと何が見えるのか。こんな写真が撮れた。
並んでサッカーを見る子供達。
奥に見える赤い光は、警察車両のもの。グルグル回っていたので眩しかった。そして左側にパブリックビューイングが見えた。
この日を象徴する光景だ。
ブラジルはカオスの国だと思った。ここでは、同じ場所に色んなものが詰め込まれている。子供も女性もいるし、武装警察は小銃を持っているし、デモ隊も来る。
真剣に応援しているドレッドヘアーの男性もいれば、ネイマールに黄色い声援を飛ばす女性もいる。後ろを向いてラッパを鳴らして遊んでいるだけの男性もいる。
相互に注意するというようなこともみられない。「真剣に応援しようぜ!!」なんて周りに呼びかけるやつは1人もいない。
ブラジル人は他人にあまり干渉しないものらしい。
いや、そんな結論でいいのだろうか。ブラジルのことがよく分かったような、さらに分からなくなったような不思議な体験であった。
危険地帯に潜入したつもりが、日本の夏祭りと変わらないくらいのんびりとしたゆるい空気を味わうことになって、ちょっと混乱している。が、今日の所は、今の感覚をそのままスケッチしておく。
ぼくがいた場所においては安全そうであったが、ブラジルで行われるパブリックビューイングがすべて同じように安全とは限らないので、興味がある人は貴重品をホテルに残し十分に警戒した上で赴くことを、”強く”推奨する。