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「地球の裏側で君が代を歌う時」ブラジルW杯紀行 第八話

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第七話 「現地組の苦悩ー国内便との戦い」

試合の時のことを書く。
しかし、時間の都合上、どうしても簡易的なものしか書けない。

なので、後でより良い文章にするための叩き台というくらいの気持ちで書こうと思う。

2014年 6月15日 レシフェにて。

スタジアムに着いた時には疲れ切っていた。連日続く、ちょんまげ隊のプロジェクトがとんでもなくハードだった。その上、子供4人の安全を確保するという責任の重いミッションがあったので緊張し続けていた。

この日のスケジュールは、午前中にビーチを軽く見学し、昼過ぎにオリンダでサッカー仲間の結婚式(!)、その後高級ホテルにいってサプライズ。キングカズと子供達のご対面。

そして、18時くらいに30人乗り近いバンに乗り込みレシフェのスタジアムへ。

レシフェのスタジアムはとても美しかった。名前がよくわからないのだが、外観はとても良いスタジアムだった。ただし、ロケーションは最悪だ。

遠いし、治安が悪い地域を通る。その上この日は22時キックオフだった。日本での放送時間に合わせての措置のようだが、現地に観戦に行く身としてはなかなか辛い。

スタジアムの前には、観戦する日本人とブラジル人が集まっていた。他の国の人もいたようだが、ぼくには見つけられなかった(後で観客席では見つけられた)。

ハチマキプロジェクトとフォトセッション

親日でノリのいいブラジル人の観客に「日本」とか「必勝」などと書いたハチマキを配ることで、即席サポーターを作ってしまおうという試み。これによって地球の裏側のスタジアムもホームに変えるという狙いがある。

プロジェクトの第一段階は成功したと言っていい。ブラジル人達は次々とハチマキを身につけていった。

その時の様子を動画に撮った。少し暗いが、セカセカとハチマキを装着するブラジル人の様子が分かる。

そして、テンションが上がったブラジル人達は、ジャポネーゼたる我々との記念写真を撮影したがった。

ぼくもノリでおでんくんを装着していたので記念に何枚か撮影してもらった。

撮影にはすぐに飽きてしまった

写真撮影は楽しかったのだが、突然空しくなった。
ぼくは、写真を撮るために地球の裏側まで来たわけではない。

もちろん楽しい時間ではあった。大喜びするブラジル人と交流するのは実に愉快な一時だった。しかし、とても疲れていたのもあって気持ちが醒めてしまった。

これから日本代表は…… 世界中の注目を浴びた運命の決戦を迎えるのだ。そのチャレンジを支えるために、ぼくはわざわざ地球の裏側までやってきたのだ。

人生において、辛く苦しい時に、ぼくに希望の光を投げかけてくれたのは日本代表の選手達であった。彼らがいたから、今の自分がある。サッカーのことが好きになったのも、サッカーのおかげで「作家になる」という夢が叶ったのも、全部日本代表のおかげなのだ。

だから、少しでもいいから恩返しがしたい。そして、彼らの行く末を見守りたい。

そういう気持ちでブラジルまで来たのだ。

その気持ちと、楽しくフォトセッションをする気持ちがうまく噛み合わなかった。

フォトセッションをしている人達は、応援する気がなかったとは言わない。試合が始まる前にはしっかりと切り替えられる人もいるだろう。しかし、ぼくはそんなに器用ではないのだ。

セキュリティーを抜けて中に入ると、キックターゲットのようなアトラクションや、踊るためのDJブースがあった。みんな楽しそうに踊っていたが、なんだか違うような気がした。

もちろん、人の好き好きなので人がどうしようが知ったことではないのだが、ぼくは決戦に向けて緊張感を高めていきたかった。

Jリーグのスタジアムでは、決戦の直前からピリピリと緊張感が高まっていく。あの瞬間がとても好きだ。しかし……

どうにも緩い空気

スタジアムに入っていく。この瞬間はとても素晴らしい。何度味わってもいいものだ。詳述はしないが、レシフェのスタジアムの印象は非常に素晴らしいものだった。

身体は重く疲れ、時間帯も遅いので眠気が襲ってくる。そんな中、試合前のセレモニーが始まった。

ぼくは仲間達と離れ、最初は1人でゴール裏に陣取った。応援の中心地だ。

今日は全力で応援しよう。そのためにブラジルまで来たのだ。しかし、一方で、会場を包む緩い雰囲気に違和感を覚えていた。

コスプレと写真撮影を楽しむ人が非常に目立つ。悪いとは言わないが、それは「私心」というものだ。目立ってテレビに映りたいという願望がある人もいるのだろうが、それは代表戦を利用した自己PRであって、「サポートする」という心情ではない。

もちろん、コスプレをしていたほうが、他の観客を煽動する上で有利だという考え方もあるし、それはそうなんだろうと思う。

しかし、今回に関してはどうしようもなく空気が緩い。応援したいのではなく、楽しみたい。そんな気持ちを持っている人が多かったのではないだろうか。

試合後に聞いたところによると、「普段はサッカーを見ていない人が観戦に来ている」ケースが結構あるものらしい。ワールドカップといえばお祭り騒ぎをする場所だと思い、逆に言うとお祭り騒ぎさえできればそれでいいという考え方もあるのかもしれない。

うるさいことは言いたくない。代表戦というのは、誰にでも理解できる容易な枠組みであり、選手も知名度が高く、資料も多い。最も初心者向けのサッカーだと言い切ってもいい。

その初心者向けのサッカーに、初心者が集まるのは至極当然のこと。そこに対して何かを言っても仕方がないのだ。

大切なのは、自分がどうするかなのだ。しかし、浮ついたワールドカップの雰囲気に気圧されたのか、ぼくの中に戦う気迫が生まれてこなかった。

ただただ、長旅に疲れていた。

そして、国歌斉唱が始まった。

大声で君が代を合唱した時、何かが変わった。

地球の反対側で、国家を歌った時、今まで流したことがないような大粒の涙がこぼれてきた。わけがわからない感情でクシャクシャになって、声がでなくなった。

それでも絞り出すように歌い続けた。

君が代を歌い終えた後、ぼくの中に戦う気持ちが復活していた。

運命の大一番が始まろうとしていた。

第九話「我々はサポーターであったのか」

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