これから、ジャイアントキリングの全巻解説をしていきたいと思います。この段階で48巻まで出ているのでかなり壮絶な勝負になりそうです。しかし、ジャイアントキリングは名作中の名作です。そして、サッカー文化についての知識が深まるほど楽しめる漫画だと思っています。
そのまま読んでも十分面白いですが、知識があるとさらに楽しめる漫画です。拙ブログでは、5年以上前に30巻の感想を書きました。
漫画『GIANT KILLING』が神の領域に入りつつあるようだ。【ジャイアントキリング30巻】
この記事が好評だったこともあるのですが、書いていて非常に楽しい記事でした。ブログ記事を書くために、舐めるように精読することで、作品により深く入り込めたからです。
私は、サッカーのサポーターについての本を出版したり、ブラジル・ワールドカップに1ヶ月滞在したりするなど、サッカー文化については概ね理解しています。ロシアワールドカップに至っては、ニコ生公式で試合解説までしました(これは非常に攻めたオファーを頂いたと思っていますが)。
中村慎太郎 (@_shintaro_)
ただ、30巻の記事を書いた時点では、サッカーについて書くことを仕事にしていたわけでもなく、今に比べると知識もあまりありませんでした。
そして、ジャイアントキリングは、細かな知識がついた今読み直すとさらに面白い作品です。この「最強の感想」シリーズを通じて、ジャイアントキリングをより深く味わいつつ、サッカーの知識も深めてもらえるように努めたいと思います。
特にメインテーマである「サッカークラブとは何か」という、非常に本質的で、奥深い問いについては、どれだけじっくり考えても足りないくらいです。
え?メインテーマは「弱者が強者に勝つこと-Giant killing-」ではないのかって?そうではありません。それはあくまでも一番かっこいいアクセサリーに過ぎません。
物語の本質は間違いなく「サッカークラブ」です。
では、壮大なるジャイアントキリングの世界を、ゆっくりゆっくり紐解いていきましょう。
なお、この記事では著作権侵害になるような画像は使用しません。例外として、表紙画像だけは使う可能性があります。厳密に言うと表紙も著作権で保護されているのですが、表紙の露出を取り締まると本が売れなくなるため、問題になることはありません。加工したり、書籍のPRから大きく外れる目的に使用する行為は、問題になる可能性があります。
シーン1 イングランドの片隅で
物語における一番大切なものは、一番最初に置いてあります。それは作品のテーマ提示であり、主要キャラクターの人物提示であったりします。
もちろん、最初に提示したものがあまり受けずに後で修正することはあります。しかし、メイン設定も、メインキャラクターもなしになってしまうことはありません。名作と言われ、ずっと続いているものは、冒頭がびしっとしまっています。
なので、これから舐めるようにジャイアントキリングを読んでいく上で、1巻については特に丁寧に読んでいこうと思います。
最初の1コマは、宙を舞うボールです。ナイキとおぼしきマークが書いてあります。
「もっと正確に!」
サッカー名物のボール拾いです。最初の1ページは実にサッカーらしいシーンから始まっていると言っていいと思います。
バスケットボールは手を使うスポーツなので、パスが大きくずれることはそれほどないし、壁がある体育館でやっていることもあってボールを拾いに行くことはあまりありません。
卓球やバドミントンなどの室内競技もボール拾いはないでしょう。野球はどうでしょうか。草野球では草むらに入ったボールを探すこともありますが、基本的にはボールが逸れづらい位置に守備が入っているし、逸れたとしても後ろにカバーが入ります。外野を抜かれたとしてもフェンスにぶつかります。
一方でサッカーをしていると、もの凄い頻度でボール拾いのタスクが発生します。
例えばぼくはサイドバックでプレーすることがあります。相手のFWをマークしていると、ロングボールが飛んできました。こういったパスをただでFWに渡してしまうわけにはいかないため、必死で走って競ります。
が、ボールが強すぎたので、FWもぼくもボールには追いつかず、そのままタッチラインを割っていきます。つまり、ゴールの後ろのエリアへと転がっていきます。
攻撃に失敗したので、相手のFWは自陣へと戻っていきます。
ボールははるか向こう。30メートル以上先まで転がっています。
「あ、これはぼくが拾いにいかないとなのね……」
試合中、走り続けたことで、息切れしているわけですが、小走りでボールを拾いに行きます。ようやくボールに追いついて振り向くと、広いピッチに、わら人形のように小さく見える選手が何人も立っています。
緑のピッチの上は、空がとても広くて、風も気持ちよく吹き抜けていきます。
これが非常にサッカーらしい雰囲気。サッカーらしい空気なのです。
どうしてこんな回りくどい話をしたのかというと、こういった描写がジャイキリの特徴の一つだからです。
ジャイキリはサッカーをスタイリッシュに見せることに成功しているマンガでもありますが、同時に、非常にサッカーらしいマンガです。観客目線で見たスタジアムの空気と、選手目線で見たピッチの空気が、両方とも濃密に存在しています。
サッカーの匂いにこだわった漫画といってもいいかもしれません。
そして、1コマ目で宙を舞ったボールを足裏で受け止める一人の男。
「タッツミーーーーー!!」
「おはよう タッツミー」
「あはは、気合入ってんねぇ」
「よし 今日も勝っちゃうか フットボールバカども」
「おおし!!!」
このシーンからはいろいろなことが読み込めます。
- 監督登場と同時に選手が駆け寄ってくることから、チームの雰囲気が良い
- 達海監督も選手のモチベーションが高いことを喜んでいる
- 「今日も勝っちゃうか」から、チームが勝ち続けている
ジャイキリはかなり気合いが入ったマンガで、1コマ1コマの表現に手を抜いていません。
さて、あまりに細かくやり過ぎるとなかなか先に進みませんが、まぁまぁ最初なので丁寧にやっていきたいと思います。しばらくして試合のシーンが増えてくると加速していくはずです。
シーン2 達海猛を探して彷徨う、後藤恒生と永田有里
イングランドはサッカーの母国なので、サッカーが盛んな都市が並んでいますが、二人はまず大きい都市を回ったようです。
ロンドンはいくつクラブがあるのだろうかと調べてみたところ、4部までに所属するクラブは40もあるとのことです(wikipediaより)。W杯の出場国が32カ国であることを考えると、どれだけ多くのクラブがあるかわかると思います。その中で有名なのは、居酒屋バッカスで有名なアーセナルFC、チェルシーFC、トッテナム・ホットスパー、ウェストハム・ユナイテッドFC、クリスタルパレスFCなどが大きいクラブです。
ちなみにFCはFootball clubの略です。SC、Soccer clubや、AC、Athletic clubなどの場合もあります。
池袋のスポーツ居酒屋バッカス
バーミンガムはイングランド第二の都市で、アストンヴィラFCやバーミンガムシティFCがあります。
リバプールは、リバプールFCとエヴァートンFCがあります。赤いリバプールと、青いエヴァートンはライバル同士で、町の人は「おまえは赤か?」といつぞやの共産党狩りのような会話をしてライバル対決を楽しんでいるとかいないとか。こういった地元のライバル同士の対決をダービーと言います。またどこかで出てくるのでその時に詳しく説明します。
さて、後藤恒生GMと広報の永田有里ちゃんは、はるばる日本から達海猛を探しに来たようですが大きい都市を探しても全然見つかりません。
そりゃ大都市で見つかるわけがないだろうと思うわけですが、「イングランドでカントクやってます。タツミ」という手紙が手がかりになっているため、サッカークラブに手当たり次第に連絡してみたり、あるいは、大会に出場しているクラブの監督登録名を見れば、すぐにわかりそうな話ではあります。しかし、その捜査網には筆禍らなかったようです。
と有里ちゃんが言うと
サッカーの匂いとは何か。そう、冒頭のシーンです。屋外のピッチで「フットボールバカども」と声を掛けると屈強な男達が「おおし!!」と声を上げて全身で気合いを入れる。そんな雰囲気がサッカーの匂いです。
後藤GMの読み通り、達海はサッカーの匂いがする場所にいたわけですね。ただ、有里にはその意味がわかりません。サッカーの匂いと言われても何のことかわかっていないのではないかと思います。
これは、元選手である後藤と、選手ではなくファン・サポーターから始まっている有里の大きな差の一つです。
選手から見えている風景、選手が愛している空気感と、サポーターのそれは実はかなり違っています。同じ競技ではありますが、まったく違う感覚で付き合っています。ただ、どっちが上ということもなく、どちらもサッカーを深く愛しています。
そして、まったく違う立場の人が、同じような熱量で愛を発するからこそ、サッカーは面白いのです。
ジャイアントキリングでは、登場人物に様々な立場があります。
後藤は「元選手」の「チーム編成者」であり、有里は「元ファン・サポーター」の「クラブ運営者」です。
チームは選手+監督+αです。サッカーの試合に直接関わる人たちの集まりをチームと考えていいと思います。
クラブはもっと広くて、オーナー、スポンサー、マネージャー、ファン・サポーター、地域の人々などを巻き込んだ大きな概念です。
例えば部活のサッカーチームは自分たちが勝ち上がることだけを考えていればいいのですが、サッカークラブとなった場合には地域密着とか、地域への貢献ということも視野に入れる必要があります。という区別がありますが、ごちゃごちゃになってしまうこともあります。そのへんはご愛敬です。
チームの編成者は、監督や選手を雇ったり首にしたりする人です。クラブの運営者は、文化祭実行委員のようなものですね。しおりを作ったり、看板を作ったり、文化祭当日の案内係をしたり、地元の企業からスポンサードしてもらえるよう営業に行ったりします。
さて、後藤と有里の前に、うるさく騒いでいる集団が現れます。どうやらサッカーのサポーターの集団のようです。その中のおじいさんが教えてくれます。
ここも説明が必要ですが、なかなか先に進まないので簡潔にいきます。
FAカップというのはプロ選手だけのチームから、プロアマ混合、あるいはアマチュアのみのチームまで、サッカー協会に登録されているチームなら出場できる大会です。
そして、イングランド5部ですが、1部のプレミアリーグから数えて5番目のリーグです。
1部 プレミアリーグ 20クラブ
2部 フットボールリーグ・チャンピオンシップ 24クラブ
3部 フットボールリーグ1 24クラブ
4部 フットボールリーグ2 24クラブ
という構造なので4部までに92クラブがあります。なので、全体で100位くらいのクラブと考えていいと思います。それがベスト32まで勝ち上がるというのはとんでもない大躍進です。
というのもリーグが一つ上にあがると、予算規模も選手のレベルも跳ね上がるからです。そして、達海が監督しているクラブは、2部のプロクラブを破っています。
2部というと大したことがないと思うかもしれません。が、イングランド2部の選手の平均年棒は、8800万円だそうです
2014年時 参考資料
世界各国リーグの給料はいくら? プレミアリーグの平均年俸は4億円超! | サッカーキング
これがどれだけ恐ろしい数字かというと、浦和レッズに所属する槙野知章選手の年棒が1億円とされています。日本代表に選出され、W杯に出場するレベルの選手であり、日本で一番お金がある浦和の選手です。
https://www.instagram.com/p/Bo6cB_WHTdU/?utm_source=ig_web_button_share_sheet
※一応書いておきますが、私は槙野選手のことがとても好きです。
つまり、イングランド2部は、見渡す限り槙野だらけのガチムチマッチョなリーグということになります。とんでもない熱量です。8800万円が18人で1チームが出来たとした場合、年棒総額は約16億円ですね。2部でこれですよ。イングランドおそろしや!!
なんでこんなにお金があるのかというと、1部のプレミアリーグが金の成る木なので、その収益から配分されているんじゃないかという気がします。他にもあるかもですが本筋ではないので飛ばしましょう。
ちなみにプレミアリーグ(1部)の年棒総額は……。
2016年のマンチェスターシティは約300億円だったそうです。しゅごいですね……。こういったメガクラブに所属する選手が多い国が、ワールドカップで優勝を争っていきます。しかし、日本はまだまだ遠いわけです。
さておき、達海率いるチームは、年棒総額16億円と推定される2部の金満チームを倒したのだそうです。それも、給料ゼロのアマチュアのチームで、です。
と後藤も驚きます。そこへ……。
サポーターに肩車をされ、子供達に抱きつかれながら、ビールを飲む達海。後藤が大声で達海に話しかけるも
と行って去って行ってしまいます。
まぁしょうがないからということで、達海のことを教えてくれたおじいさんとパブに行くことになったようです。
シーン3 オーナーのおじいさん
パブに入り、イーストユナイテッドトーキョーという達海が中心選手としてプレーしていたクラブのGMと広報であることを打ち明けます。しかし渡英の目的である「達海を迎えに来た」ことを告げると、お爺さんの顔色が変わります。
あんまりにもびっくりして飲み物をこぼしてしまう有里(可愛い)。会長のお爺さんは続けます。
シーン4 トリッキーな男 達海猛
達海は時計を持っていないので、いつも遅刻するとおばあさんがぼやいています。そして
と開き直っています。
時間も約束も守らないことから、型にはまらない人物であることがわかります。こういう人物がサッカー監督をする妙味がジャイキリの魅力でもあります。そして、頭を抱えている後藤を見つけます。
ぼくはこの「旧友」という言い方が面白いと思いました。かつては同じクラブでプレーしていた仲間であったことが後に明かされるのですが、達海の中では、それは昔のことになっているのでしょう。
達海をETUの監督に迎えたいこと、しかし、会長が2億円の違約金を設定しているため、話が平行線に終わることを告げます。達海は「へー」とか「偉くなると大変だね 後藤」と相づちを打つだけで、何を考えてるのかわかりません。
と熱く口説きます。会長がNOと言っても本人がETUに戻りたいと言えばひっくり返せるかもしれません。しかし、達海はどこ吹く風。まったく関係のない話を始めます。
「は?」
「その後ろは消防士 警察官にコック…… 牧師 ドライバー 高校教師…… あいつらの職業
そんなアマチュアどもが次はプレミアとやるんだぜ
起こしてやる ジャイアント・キリング
弱いチームが血宇良い奴らをやっつける(GIANT KILLING) 勝負事においてこんな楽しいこと他にあるかよ
俺の頭ん中 それでいっぱい 難しい話はじーさんとしてくれ」
そう言って去って行こうとします。口説き損なった後藤は残念そうな顔しています。そこに険しい顔をして座っていた有里が声を掛けます。
有里から出た言葉は、非常に重い言葉でした。だからこそ、気迫を込めて絞り出すように放ちました。
有里は小さいときからETUの練習場に遊びに来ていた生粋のETUっ子です。ETUサポーターというよりもETUっ子というほうがニュアンス的には近いと思います。
サポーターは、後から自分の意志でなるものですが、○○っ子というものは、生まれ育った環境によって、自分でも気づかないうちにそうなっているものです。
居酒屋「東東京」の娘さんであることも明かされます。この名前も実は重要です。ETUは東京の東部にあるクラブです。
サッカークラブは土地に根を張ります。そして根を張った土地の水を吸いながら大きくなっていきます(枯れることもありますが……)。その土地にどんな人が住んでいて、どんな文化があるのかは、サッカークラブの姿形を規定する重要な要素です。
さて、有里の問いに対して達海は……
俺 昔のこととか忘れちゃうんだ
前向きな人間だから」
それを聞いた有里の感情が爆発します。
そんなことだろうと思った……
達海さんにとっちゃ
ETUだって過去のことだもんね
だから私
後藤さんに言ったじゃん
ETU見捨てたような人…………
信用できないって
怒った有里はボールを蹴飛ばしながら去っていきっます。そして、達海がETUを去って行った日のことを思い出します。
必死の有里の訴えは、まったく届くことなくかわされてしまいます。そして、達海猛は海外のクラブへと旅立ち、大きな怪我をして、若くしてキャリアを終えます。
シーン5 じいさんと達海 じいさんと有里
練習中にGMのおじいさんと達海猛が立ち話をします。
今日も来たよ」
「ふーん」
ETUの後藤GMは、まだ達海の獲得を諦めていません。しかし、おじいさんは、達海を放出する気はさらさらないようです。ETUが最下位争いの常連であることなどネガティブな指摘を続けます。
すると、達海が無言で、遠くを見ていることに気づきました。
その表情を見て、ギョッとしたような顔をするおじいさん。彼の目には何が見えたのでしょうか。
そして、達海の元を去ると、練習場を見下ろせるところに有里が座っています。後藤GMがクラブから違約金を引き出そうと必死で交渉していることを告げると……。
「皆 いい顔してますもんね
そのせいなのかな……
何だか居心地いいんです この町」
その言葉を聞いたおじいさんは、何とも言えない不思議な顔をしています。含みのある表情、少し寂しさを感じているでしょうか。
そして、プレミアのクラブとのFAカップの試合が始まります――。
だいぶ長くなったのでこのへんにします。最初のほうでも書きましたが、物語のはじまりは非常に大事なので丁寧に流れを追っています。まさか8000字書いて、1話しの半分までしか行かないとは思いませんでしたが。
連載漫画の場合、途中からはスケジュールに追われるようになりますが、1~3話くらいは事前に書きためておけるし、少なくともじっくりと打ち合わせすることも出来ます。そういった事情もあって、情報量が多く、濃厚になっているのでしょう。
というわけで、この記事も続々と続けていきます。1巻を抜けるまでかなり時間がかかりそうですが、気長にやっていこうと思います。是非最新刊までお付き合いください!!