東大に11年在籍した後、タクシードライバーになりました

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2012年の記録〜サッカーと出会ったあの頃〜 はとのすワーク

「大学院を使うべき」という発想を持っていれば良かったのになぁという回想。

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先程、学生さんからインタビュー取材を受けた。
メディアは東京大学新聞である。

あの、東大新聞、である。

といっても学内の人以外はわからないと思うのだけど、真面目なメディアで、スタッフがいつもビシっとしたスーツを着ていたのが印象的だった。

話した内容は、大学院での研究暮らしから、ライター(作家)を目指した理由と、今の働き方(暮らし方)について。

研究業界に対する理解が十分にあり、関心も高い方に取材してもらうと、以心伝心で伝わるのでとても楽しい。

ああ、懐かしの研究生活。中途半端に終わった挫折の日々よ。あれがあるから今があるということを思い起こす意味でも貴重な機会であった。


ぼくは、文学部で宮沢賢治のことを卒論に書いた後、農学系(理系)の大学院で博士課程2年まで進んだ。

D2でドロップアウトという中途半端な研究キャリアながら、修士2年を終えた時には、第一種奨学金免除を勝ち取ったので、途中まではそれなりにうまくいっている研究キャリアではあった。

第一種奨学金は利子がかからない貸与で、第二種は利子がかかる。単なる学生ローンと悪名高いシステムである。第一種のほうが審査が厳しい。

学科内で、第一種の奨学金をもらっていた学生の中で、1等賞を取ったために奨学金免除となった。何が一位だったのかというと、修士論文とプレゼンテーションの出来である。

ぼくは研究活動が得意とは言いがたかったのだが、運良く成果が得られたことに加えて、文章を書くことと、プレゼンテーションが得意だったのだ。

そんな状態で博士課程に進んだのだが、心身ともに疲れ切ったまま、モチベーションが上がることなく、絶望の中で、逃避するようにサッカーに没頭していった。


研究者(大学院生、ポスドク)は、仙人のような暮らしをしているので、現世での生き方については無知であることも多い。

ずっと昔にブックマークした記事を読み直してみる。

大学院をやめました|Colorless Green Ideas

こちらは恨みがましいことをあまり言わずに、セカンドキャリアを見つけた例。

ブラック大学の内部からみた現状

2つめのブラック大学の内部からみた現状というのが実に強力な記事だった。恐らく上の方の人は「強制したわけではない」というかもしれないが、実際のところ、ぼくも週7日間研究をしていて、休みのときも頭から離れず、成果が出るまで吊るし上げられ、人格否定もされ続けた。

その結果、死にたくもなるわけだが、死にたくなるというのは正しい心の動きであって、あの環境、あの状況にいたらみんなそうなるだろうと思う。

しかも、その動機が悪意ではなく善意であったというところも恐ろしい話なのである。あちらとしても、一生懸命、人格を「治そう」としているのだ。


これまでのぼくは、高等教育がいかに教育として機能してないかについて考えてきたのだが、これは非常に不毛であった(不毛であるがゆえに書くことも、考えることもしなくなった)。

個人と体制があった場合、体制のほうが必ず強い。体制が体制であるには、しかるべき歴史的かつ論理的な根拠があるものであって、個人の訴えなどの小さな動きでは改善されない。自殺者が数人出るくらいでもまったく動じることはない。

昔読んだ、「博士が100人いる村」という創作童話では、確か100人中8人が行方不明か自殺で、16名が無職だったように思う。データに基づいていないのでざっくりとした話で申し訳ないのだが、年間1万人くらい博士号を取る人がいるらしい。

ということは、この割合が正しいとしたら……、年間あたり800人が自殺及び行方不明ということになる。自殺者だけではなく自殺を考えたことがある人ならば、もっと数は多くなるだろう。

ウェッブでは実際に何人が自殺及び自殺未遂しているかのデータはない。自殺未遂くらいなら確実に隠蔽されるだろう。 身近でも聞いたことがある話だ。もっともこれは学生のプライバシーの問題もあるので正しい措置ともいえるかもしれないのだが……。

どうしても忘れられない話があるのだが、本気で怖い話なのでここには書かない。そしてよく考えるとぼくも「行方不明」に近いキャリアといえるかもしれない。

閑話休題。
仮に大学院の制度に微修正を加えることが出来たとしても、構成しているメンバーが培ってきたものや、それによって作られる空気(パラダイムといってもいいかもしれない)が変わることはそうそうない。

人から何かを言われても折れずに自分を突き通すようなタイプが教授になることが多いのだ。そういった頑固者が集団になっているわけだから、そう簡単には変わらない。もちろん、頑固じゃない教授もいるが、割合は高いように感じている。

大学院は変わらない。


変わることない鋼の大学院組織の前に、大学院生は無力な卵として叩き割られていく。被害者として、自殺予備軍としての大学院生という視点である。

先に紹介したブラック大学の内部からみた現状は、こういった視点から書かれている。

確かにブラック研究室は存在するが、うちの場合はブラック研究室ではなかったのだ。

ぼくの研究室との付き合い方がブラックであったのだ。

どう防げたのかというと、なかなか難しい問題である、研究室に入っていた時に期待していたことが、時の経過とともに達成できなくなったのも大きい。

ぼくは、文系から理系の院に進んだこともあり、教員が密に指導してくれる環境を望んでいた。しかし、それが出来たのは最初の半年くらいのもので、そこからは教員とアポイントをとるのに苦労するようになった(不幸なことに研究について教えてくれる先輩もあまりいなかった)。

自分にとって他の選択肢があったのかというと、想像だにしていなかったので難しいかもしれない。しかしながら、付き合い方を考えていれば結果は違ったかもしれない。


時間をかければかけるほど研究はよくなる。

こういった考え方が存在している。もちろん、「出来る範囲で時間をかければ」というふうに読み解けば非常に役に立つ考え方なのだが、成果が出ていない時はとにかく時間をかけないといけない、とか、成果が出ていない人は時間が足りていないとかいう考えに及ぶことがあるので危険な思想と言える。

なぜ危険かというと、研究の成果が出ていない段階(そんなもん、最初から出るわけがないし3,4年やっても出ないことだってある)で、「研究に使った時間が足りていない」と評価されてしまうからだ。

時間をかければかけるほど研究はよくなるという考え方によって、研究室との付き合い方がブラックになるのだ。

うまくいっていない段階で、長時間研究をするのは辛い……。本当に辛い……。徹夜に次ぐ徹夜で、体調は乱れる。ぼくの場合はコーヒーなどの刺激物のとりすぎで逆流性食道炎になった。自律神経系もかなりデリケートになった。

とはいえ、研究は時間をかければかけるほど良くなる、は間違った理論ではないから難しいところなのだ。

自分の人生の目標を研究だけに求めることなく、研究職に進むことと進まないことを療法視野に入れた上で「研究室の環境や人材を使う」という意識を持つことが大切だ。

当時のぼくには、とてもじゃないけどできなかった。そして、そういうことが出来ない、不器用な人が集まる場所が研究室なのかなという気もしている。

ただ、大学を変えることは難しいけど、個人を変えるシステムなら作れるんじゃないかなという気がしている。


今回東大新聞の取材を受けたことで、他のやり方もあったんだなと気づく切っ掛けになった。良さそうな取材だなぁと思って、0.5秒で即決して良かった。

研究者にはなりたいと思わない。

大学院にいる時は、研究者として職を得ることが唯一最大の答えだと思っていたが、今はまったく思わない。頼まれてもなりたいとは思わない。

しかし、ひたむきに研究者を目指した時代に得たものが、今の物書きとしてのキャリアを支えているのも間違いないのだ。否定ばかりしたくなっていたが、感謝するべき実りの時期であったのも事実だ。

というのも……。

大学院に入る前に自分が書いた文章と、D2でドロップアウトする寸前に書いた文章には格段の違いがあったからだ。前者は、プライドが高いだけの素人の叫び。後者は、いつでもプロになれるレベルの文章だったからだ。

やめる時は、研究世界の悪いことばかりを浮かべて、叩きに叩いたものだ。そうじゃなければ抜けられなかったわけだからどうしようもない。

「おまえの文章なんか読みたがるやつはいない」

研究業界らしい、人格否定を内包した言葉も、その後の糧となった。

ああ、でも、まだ整理がついているとは言えない。

時折、幻のように思い出す。

嵐の中、アワビの産卵を観察し、記録した時の興奮。

霧に包まれた大海原を船で切り裂き、1000羽以上のフルマカモメに包囲された時の不思議な感覚。

得られた研究成果がバチンとはまって、パズルが組み上がるように論理的な整合性が取れた時の快感。

面白い研究だと評価された時の満足感。

あの世界に対して愛はあったのだ。

だからといってうまくいくとは限らないし、愛なんかないほうがずっと良かったんだろうと思う。

愛とは、時に、辛い現実から目をそらすために使われる感情なのだ。

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