虹を掴めると思っていたのに……。


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最近ブログに文章を綴るのが楽しい。

街に出稼ぎに行き始めたことによって適度な刺激が得られたこと、自分の中の変化を書き留めておこうという欲望が生まれたことが理由だろうか。

後は執筆時間の確保と、頭の切り替えの速度が求められる。

本当は、誰もいない場所で、無限の時間を使って原稿に沈み込んでいきたい。でも、家庭その他の事情もあってそうもいかない。細切れの時間で何とかするしかない。

『コンビニ人間』の著者は、バイトの休憩時間に執筆のアイデアをメモっていたそうだ。そういうやり方もあるのかと感心した。同じようにコンビニで働いてもしょうがないので、書店で働くという選択をしてみたが、果たしてぼくに出来るだろうか。

「出来るのか、出来ないのかじゃない。やるかやらないかだ。」

これは10代、20代に対しては正しいアドバイスになるだろうが、30代以上ともなるとこうなる。

「やりたいとかやりたくないじゃなくて、出来ることの中で最も効率のいいことをやれ」

持ち時間が少ない。だからこそ効率が求められる。もうちょいのんびりやりたいのだけど、のんびりやっても結果は出せなかったから、鞭を打って稼ぎに行くしかない。

無能は無能なりに頑張る。つげ義春の劇画「無能」には、家族を抱えながら、河原で拾ってきた石ころを売る仕事をしている男が出てくる。しかし、その男は、石ころの選別も甘く、また石ころ販売仲間にも上手く馴染めない。無能である。

ぼくも同じようなものだ。無能としてずっとやってきて、無能なのに子供がいる。ただ、このまま無能でいると一家心中をするような未来しか描けないので、自分の中の有能な部分を上手く使って、金銭に換えていくしかない。

そして、余った時間を使って、石を拾いに行くのだ。

We believed we’d catch the rainbow

虹を掴めると思っていたのに……

Rainbowという伝説のバンドの名曲、Catch the rainbowの一節。当時は英語が苦手だったのでよくわからなかったけど、これよく見たら仮定法なのね。

「あの頃は、虹を手に入れられるって、本気で信じていたんだ……(しかし、掴めなかった)」という意味である。

こんなことを呟く老人にならないように、夢を描き、夢を掴むために石を積み上げていく。手を伸ばせば必ず届く。大事なのは、どこに手を伸ばせばいいのかを知ることであり、誰から何と言われようと、目一杯手を伸ばすことだ。

どうやらぼくはスマホ中毒になっていたようで、それは自覚しつつも、問題は他にあると考えていた。しかし、スマホは「夢を奪う」ことに特化した機器なのだという。

自分のお店で買った最初の本となった『スマホの5分で人生が変わる』である。

後で余力があれば書評を書いてみようと思うが、非常に良い本であった。スマホを「夢を奪う機械」から「夢を掴む機械」へと変える方法が紹介されている。

ぼくは、確かに、虹を掴んだんだ。
虹は柔らかくて、暖かかった。
その時、本当に幸せだった。
でも、虹はすぐにいなくなってしまった。
気付いたら、前と同じように、暗くて寒い場所にいる。

夢だったのだろうか。
幻だったのだろうか。

確かめてみよう。
もう一度、虹を掴むのだ。

I believe I will catch the rainbow.

こんなことが書きたくなるのは、Rainbowの曲があまりにも素晴らしいから。
夢を忘れた時に聞くようにしよう。


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