ASAのSHIBUYAにて


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皆様おはようございます。

昨年末から取り組んでいた早起き活動が実を結び、4時起床、6時発で、7時過ぎには渋谷に到着しました。早く起きた割にはのんびりと風呂に入ったり、パズドラとモンストのスタミナ消耗をしたりと無駄に時間を使っていますが、最初はそんなものでいいでしょう。

ゲームとは明瞭に時間の無駄なのですが、時間の無駄を作らない限り、行き詰まって精神がはちきれそうになっていくことは過去の歴史から明らかなのです。だから、敢えて無駄を作っておく、逃げ場を作っておくというのが、軟弱な精神の持ち主の生き方なのです。

硬骨に、自分を追い詰め、他人にも妥協を許さず、イライラを募らせ……となっていくと、人間関係の摩擦が生まれるばかりで何も解決していきません。

自分は怠惰な人間であるため、他人の怠惰を責めることは出来ないというポジションを確認することは殊の外大切にしています。

というわけで、朝の渋谷のカフェでこの文章を綴っています。朝の渋谷というより、ASAのSHIBUYAです。そんな雰囲気の渋谷です。ASAというと朝日新聞しか思い出しませんが、朝とかMorningではなく、ASAな感じです。

地元の駅を出て渋谷へ向かうことは、とてもしっくりきます。大学受験をしたときの朝もよく覚えています。あの時は「朝」だったな。駅の売店で英字新聞を買って、電車の中で読みながら行ったのをよくよく覚えています。

英語のテストというのは最終的には「ノリ」なんです。最後には参考書は不要になります。

今日から職場でお付き合いする方々は慶応SFCの卒業生が多いようだ。運命を感じる。SFCは湘南藤沢キャンパスのことで、湘南の、海からだいーぶ離れたところにあるキャンパスのこと。

大まかに言うと「金になること」を学ぶことにこだわった学部で、ビジネスで成功するというゴールに向かって、具体的な技能を付けることと、問題の発見および解決する力を付けることを重視しているようです。

経済学部は、本質的には経済理論について学ぶところなのだろうと考えていますが、SFCは理論を学ぶと言うより、使えるものだけ自分で選んで身につけていく場所というイメージです。

ただ、これはイメージに過ぎません。ぼくはどうしても慶応SFCに行きたくて、浪人してまで頑張ったのだけど、受からなかったのです。英語と小論文の二科目なのだが、英語は出来ていたはず。小論文が壊滅していました。ぼくは文章を書くのがとても苦手でした。今でも苦手意識は正直消えていないのですが、それはさておき――。

表現方法が少なく、論理が組めず、その割に言いたいことが多かったから混線してしまったのかもしれません。

慶応SFCに合格しなかった日のことは忘れもしません。わざわざ三田まで行って掲示されている受験番号を探しました。

あの時の衝撃が、一発逆転の東大受験へとぼくを誘ったわけです。そして、東大とは、「自分で金を稼ぐ方法を敢えて学ばない」場所でした。慶応SFCとは正反対の立ち位置ですね。

国家官僚になる人は自分でお金を稼ぐ必要はないわけです。大企業や銀行に入る人に求められるのは自分で切り開いていくことよりも、切り開かれてきたものを正確に、間違いなく踏襲していくことなのでしょう。

SFCにある総合政策学部の初代学部長である加藤寛の著書『慶應湘南藤沢キャンパスの挑戦――きみたちは未来からの留学生』を何度も何度も大事に読んだのは18歳の時でした。

SFCに受かっていたら作家という道を選んでいないし、しがみついてもいなかったかもしれません。それなりに優秀な起業家になっていたかもしれないし、どっかで飽きて海外暮らしになっていたかもしれません。

ASAのSHIBUYAでは色々なことを思い出します。本当に思い出の多い街です。今日が初勤務なわけですが、勤務後には必ず何かしらの原稿を書くようにしよう!!

しばらくは、ダブルワーク生活が続きますが、これを楽しんでいこうと思います。でも、家で原稿だけ書いているときよりずっと上手くいきそうな予感がしています。

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