わがままな子供のように文章を書き散らすべし。


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最近ブログを書く人に戻ってきた。

いや、まだ現時点では戻ったとは言いがたいが、戻っていこうと思っている。

うまくいかない期間に色々考えたのは、ぼくはライターではなく作家だということ。もちろん、そういう風に名乗っているから当たり前なのだが、それを強く実感した次第なのだ。

ぼくは書きたくなんかないのだ。

自分の書きたいこと以外は何も。

「自分が書きたいことが書きたい。誰かが読みたいかどうかは知ったことではない。」

どうやらこれが、ぼくの「あるべき姿勢」らしい。

誰かが待っているから、誰かが読みたいから、とある依頼を受けたから、それに合わせて文章を作っていくのは、仕事としての「あるべき姿勢」ではあるが、文章を紡ぐ際の「あるべき姿勢」ではなかったのかもしれない。

そういう意味では、『サポーターをめぐる冒険』という試みはまったくをもって不自然であったと言えるし、その続編に対するモチベーションが上がりきらず、息も絶え絶えになったのも理解できる。

なぜ、ぼくは枯渇しているのだろうかと本気で苦しんでいたのだが、それは「枯渇」ではなく「迷子」であったのかもしれない。

自分の書きたいことならいくらでも書ける。永遠に、延々と、書いていたい。だけど、人のために書くとか、人に読まれるとかいうのは、本来的にはストレスにしかならないのだ。自分が心から書きたいと思って、魂を込めて、透明な気持ちで紡いだ文章ならば、それは絶対にオリジナリティ溢れるものになるはずだし、きっと読んでいても面白いものになるはずだ。

誰かに媚びた文章なんて価値がない。自分をさらけ出し、すべてを投げ出すように、文章に没頭するのだ。

物書きとしてのぼくはボランチではなく、ダイビングヘッドで飛び込んでいくセンターフォワードなのだ。というと、ちょっと違うかな。センターフォワードに大切なのは、ボールを引き出す駆け引きと忍耐力、そしてここ一番での勇気だ。

ということは、サッカーで言うとなんだろうな。やっぱりゴールキーパーかな。この前の曽ヶ端みたいに、闘志をむき出しにして、すべてのボールをはじき飛ばすというスタイルが一番しっくりくる。

ぼくにとって、何かを書くと言うことは、オフェンスではなくディフェンスなのかもしれない。この世の中の問題点、不愉快なことなどに対して、文章の力を使ってディフェンスしていく。守るべきは、自分か?

最近こうやって適当にブログ記事を書き散らすようになって気付いた。適当にというのはこういう仕組みだ。

・事前に内容の構成をしない。

・文体、文のリズムを整えない。

・結論が出ているかどうかを気にしない。

・論理構造を整えない。

・バズらせるための細工をしない

・書き終えた後、推敲しない。

逆に言うといつもはこういったことをしているので、生産効率が悪くなるのだ。もちろん、こういった工程を経たほうが文章は、より読みやすく、より心に染みるものになる。しかし、時間と手間は、その分かかる。

この言い方だって、何通りも言い換えられて、どれを使うべきか検討することになるのだ。例えば……

 

・しかし、時間と手間は、その分かかる。

・ただし、その分コストは上がる。

・されど、時間もかかり、手間もかかる。

・しかしながら、ぼくはそこまでうまく時間が取れないのだ。

・なのに、出来ないんだ!それが許される状況ではなかった。

・ところが、そうもいってられない事情があった。

・でも、やってられなかった。正直言って。

・それでも、出来ないものは出来ない。

・が、そうすると失敗する。

・けだし、文章とは消耗なのである。

 

とりあえず接続詞を思いつく限り10個並べてみた。最初の9つは「逆接」。最後の「けだし」は「思うに」を表す言葉。こういった「文」が頭に浮かんでは消えていく。

その中で、自分の心情にベストフィットするものを探っていく。「けだし」なんて格好を付けた表現をしたくなる日はよろしくない。それは自己陶酔でありナルシズムだ。

今回採用した「しかし、時間と手間は、その分かかる。」というのはもっとも原始的というか、素朴というか、悪文というか、いまいちなフレーズである。だから、もう少し真面目に書いている時はこんな言葉は書かない。

この中では「ただし、その分コストは上がる。」が正解かなと思う。後で読み直したら100%直しを入れているんだけど、まぁいいよ。

作家なんだから下手な文章を残せないみたいな気持ちがきっとあったんだろうと思う。でも、作家と名乗っていても、文章が下手な一個人であることには変わりがない。整ったものをリリースすることにこだわってはいけない。

醜悪で、不器用で、どうしようもない自分を、ナルシズムに陥らないような表現方法を用いて、発せよ。

これだって太字にはしたけど、もっと別の言い方もあるだろうに。でもまぁいいの、これでいいの。

これで2000字ですよ。2000字。コーヒー一杯を飲みながら、きもちよーく書き上げることが出来た。文章を書くのは本当に楽しいこと。ぼくが、ぼくと向き合える、最も気持ちがいい時間だ。

売れるとか売れないとかは、もう誰か別の人が考えてくれたらいいさ。自分で考えるのはやめた。

今ある課題の何が書きたかったのかをもう一度突き詰めて、書きたいように書き直そう。

それはプロフェッショナリズムなのか、それとも単なる子供のわがままなのか?

もしかしたら後者かもしれない。
でも、エル知ってるか?わがまま言っている子供は結構可愛いんだぜ。ちょっと遠くから見ていればね。


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